31.誕生祭の貢物

「えええ!? 何でまたパンの耳なわけ!?」


「近いし安いし持ち帰れるし、何より似合うから!」


「あんだけ金出してやったんだから、もっといいもの寄越せ! ケチ! 守銭奴! 鬼婆!」


「あたしだってすっからかんなんだよ! ワガママ言うなら死ね! カードの支払いは終えてからな!」


 恒例の口喧嘩をしながら、あたしと猿は二人揃ってパンの耳を齧りながら帰宅した。


 するとせっかくだから、写真撮影しようとアインスが提案してきた。まだ視力回復魔法も効いてるし、プロフェッショナルな方に施していただいたメイクも落とすのもったいないな〜と思っていたから、あたしとしても願ったりだ。


「あ、カメラならこれに付いてるから」


 カメラを持っているのかと聞いてみたところ、お猿が取り出したるは――――何と、携帯電話!


「待て待て待て待てぇぇい! 何でお前がこんなの持ってんだ!? 猿には不釣り合いな高級品だぞ!? 盗んだのか奪ったのか闇市で仕入れたのかあ!?」


「猿じゃねーし、んなことしねーし。仕事で普通に支給されただけだし。制服と同じようなもんだからって」


 マジかよ……末端のバイトにまでこんな高級品ポイと寄越すなんて、グラズヘイムってどんだけ儲かってんだ? ちょっと本気で転職考えようかな?


 メディカル・ハンターやってた時は使うこともあったけど、いやはや、久々に目にするとやっぱりいいよなぁ……携帯電話。


 あの頃にはカメラなんて洒落た機能付いてなかったのに、ますます便利になったんだなぁ……携帯電話。


 早く安くお手頃になって、あたしの元にも来てくれないかなぁ……携帯電話。


 ああ、欲しいなぁ……携帯電話。


 全面液晶タイプのそれを涎垂らす勢いで眺めていたら、アインスが何かのボタンを押した。同時に、カシャ、という小気味良い音が響く。


「お、いいねえ。世界一の間抜け面、ゲット! これ待ち受けにしよ〜っと!」


「おまおまお前っ! 今の顔撮ったのか!? 消せ消せ消せ! すぐに消せぇぇぇぇ!!」


「やぁだよう! ついでに世界一の怒り顔もいただき! 動画も撮っちゃお!」


 追いかけるあたしを、アインスは逃げ回りながら何度も撮影し――――結局『美女エイル・クライゼ、ワンマンファッションショー』の予定は、『野獣エイル・クライゼ、ワンマンライオットショー』に変更となってしまった。



「何かさあ、エイルとこうやってバカやんの久しぶり!」


 パンの耳では足りないとうるさいから作ってやったミートソースパスタ――麺は茹でて、ソースは混ぜて絡めるだけの楽々仕様――を平らげると、アインスはそう言って笑い、伸びをしたまま背後に倒れた。やだやだ、お行儀悪い。


「おい、ごちそうさまは?」


「はいはい、ごちそうさまでしたあ」


 寝転がりながら、アインスが挨拶代わりに手を上げて振ってみせる。テーブル越しにひらひら動く幽霊みたいな手を見ながら、あたしはため息をついた。


 優しくて穏やかな静寂とは正反対の、うるさく耳障りな騒音に塗れた空間――おかげで久々に耳鳴りはしない。


「ジン達の家もすっげえ楽しいけど、やっぱここが俺のホームだな!」


「勝手にホーム認定すんな。ここはあたしの家だっつうの」


「俺ん家でもあるも~ん。これからは少しきつくてもまめに帰ってくるから、エイルちゃん、泣かないで待っててね」


「嬉し泣きの話なら、意味わかるけどな」


「まったまたぁ。寂しくて死んじゃうんでしょ? 三十路甘えっこ」


「うわああ! そのあだ名ムカつきすぎる! やめろ! 金輪際、二度と口にすんな、発情猿!」


「あらあら、大層な口聞いてくれちゃって。ショウ・フエスさんのお話はいいんすかぁ?」


 小猿がニヤニヤしながらこちらを伺う。


 やばい、すごい殴りたい。怒りを我慢するあまり沸騰した血液で血管がブチ切れそうになる。あたしには、飼育員なんてとても勤まりそうにない。


「そうそう忘れないうちに聞いとくけど、プレゼント何?」


「は? 何の?」


「俺の二十歳の誕生祭への貢ぎ物に決まってんだろ、バカ」


 またまたバカにバカ扱いされちまったよ。ほんっと、ありえないね!


 引きつり笑いながら、あたしは一応提案してみた。


「バナナ一日分でどうかね?」


「却下」


 あらあら、即答ですよ。調子に乗りやがって!


「じゃあリンゴもつけてあげるよ。今の時期ちょっとお高いけど、何たって可愛い弟分の為ですからねえ」


「バナナとかリンゴとかさ、お前、ほんと俺を猿扱いしたくて仕方ないのな」


 だって猿じゃん。360度どこをどう見たって猿じゃん。喋ればさらに猿猿しいほどに猿じゃん!


「ほんとセンスねえよな、エイルって。脳みそも筋肉なんじゃねえの?」


 お前に言われたくないわ。玄関に飾ってあるあの凶悪なお面を、わざわざ送り付けてくるようなクソセンスのクソバカにだけはな!


「じゃ、俺が考えてやるよ。プレゼント」


 まあ、体はSSサイズのくせして態度はXXL以上なのね。ほんと、死んでくださらないかしら?


「エイルは安月給だから、高いもんは無理だよなあ。何にしよ? あ〜、難しいなあ」


 やかましいわ、ボケ!

 死ね、死にさらせ!


 口に出せない怒りの暴言の数々を心と眼力に託して、あたしはひたすらアインスという名のバカ猿を睨みつけた。


「あ、そうだ! エイル、アレちょうだい!」


「アレ?」


 何のことやらわからないあたしを置き去りに、アインスは勝手にあたしのベッドルームに飛んで行った。


 戻った手に握られていたのは――一冊の、未開封の書籍。


 それを見た瞬間、記憶深くに刻まれた様々な映像がフラッシュバックして、目が眩んだ。

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