第19話


「どうすればいいんだろう」


 突然消えられたら困る。


 困るのは、食パンのことだ。大量の安い食パンを買ってきたのに、食べる人がいなくなってしまったら……。一斤5枚切りの食パン3個は、全部は冷凍室には入りきれない。


「どうしようもできないだろ」


 サリーには悩みはないのだろうか。いつも冷めていて、何にも動じない感じだ。ただのノー天気だけなのかもしれないが。


「だって、食パンが食べきれないくらいあるのよ」


 わたしは安い食パンは食べないのだから、サリーひとりで食べてもらわなくてはならないのだから。パン屋さんの一斤250円の食パンを食べているわたしには、一斤69円の食パンなんか口に合わないのだ。わたしの分は、今日の朝に買った分を冷凍してある。


「俺が食べるよ」


「15枚もあるのよ。1日に2枚食べても1週間……。冷凍できればなんとかなるかな」


「1日に5枚食うよ。朝とオヤツに」


 どんな大食漢なんだ。もしかして、6人は早めに消えてくれて良かったのかもしれない。サリーだけでも養っていくのは大変だ。


「そんなに無理して食べなくてもいいからね」


「任せとけって」


 任せられないから言っているのだ。


「それより、お湯が勿体ないからサリーちゃんお風呂に入ってくれない?シャワーだけじゃなくて」


「俺はシャワー派だ」


 嘘ばかりだ。サリーの年齢のときにも、うちは確かにシャワーは付いていたけれど、ちゃんと湯船にも浸かっていたのだから。


「高校生のときにも、湯船には浸かっていたじゃない。ちゃんと入らないと疲れが取れないわよ」


 疲れてはいないとは思うが。


「それは優子で、俺じゃない。それに俺は寝る直前にしかシャワーしねぇし」


 また、ややこしいことを言い出す。寝る直前って何時のことだ。


「ん〜。じゃあ、わたし入るわ。自動のボタンが付いてて勿体ないから」


 7人も入るのだからと思い、いつもより多めの量のお湯を張ったのだ。いつもは、バスタブに半分くらいしかお湯を入れず、シャワーを使うので半身浴ができるくらいの量があれば十分なのだ。


 勿体ないので、今日はシャワーを使わずに、バスタブのお湯で身体と髪の毛を洗うことにした。シャワーなどのない昔は、そうやっていたのだから、何も問題はない。


 わたしは温泉が大好きなので、週に一度は車を飛ばして、あちこちの温泉へ行くことにしている。九州は、実にたくさんの温泉があるのだ。


 まだまだ行っていない温泉地もある。


 好きだけれど、初めての場所は緊張するので、ついつい同じ場所に行ってしまうことになるのだ。


 ほとんどの旅館やホテルで、日帰り温泉が楽しめる。だけど、日帰り入浴客には、なんとなく接客が冷たいように感じてしまう。


 旅館だと、こちらが気を遣うのでほとんど行かない。ホテルのフロントで、日帰り入浴だと伝えると、露骨に嫌な顔をするフロントマンもいる。そして、浴室を案内もしてくれないのだ。勝手に探せという態度だ。


 酷いときには、ツアー客の邪魔になるから本日は日帰りお断りと言われてしまうこともある。お金を払って入浴しているのに「すみません、すみません」と言っている自分に、後で無性に腹が立ってくる。


 そんなわけで、あまり冒険することもなく、対応の良いホテルや日帰り専用のスパを利用している。


 少し金額が高めだが、岩盤浴も入れて、休憩室もあり、一日中ゆっくりできるのだ。


 ストレス解消のために温泉に行っているのに、逆にストレスが溜まってしまっては何もならない。自分が気持ち良く居られる場所にしなければならないのだ。


 お風呂が終わると、わたしはやっとリビングで書きかけの小説を更新するために、スマホを操作した。本当は自分の部屋でやりたいのだが、サリーが占領しているのだ。


 わたしの作家名は田村絵里だ。10年くらい前から、恋愛小説専門のサイトで、恋愛小説を投稿している。ずっと恋愛などしていないし、若い作家さんが多いので、わたしの書いた古臭い恋愛小説など読まれることはないのだけれど。


 夜の11時頃、やっとサリーがバスルームへと行ったようだ。


 わたしは、小説を書く手を一旦止め、SNSへログインした。そこで自作の宣伝をしていて、他の作家さんたちが拡散してくれる。今日は80リツイートされていたので、お返しをしなければならないのだ。なんとなくそれがルールみたいなことになっている。


 この作業も結構時間がかかる。夢中でやっていたが、ふとバスルームのサリーのことが気になった。シャワーだけのはずなのに、なかなか戻ってこないのだ。


(まさか……)


 わたしはバスルームへ行き「サリーちゃん」と声をかけた。シャワーの音はしていない。嫌な予感がしながらもドアを開けると、サリーは消えていた。

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