不動オートバイは簡単に直せない

 実用で使うならともかく、修理を楽しみたい趣味人にとって不動オートバイは絶好の遊び道具に間違いない。そもそもオートバイは乗るための物であって修理をするためのものではない。


「ま、カブみたいに触りやすい車体やないからな」


 キャブレターを掃除してパッキンやフロートバルブを交換する程度で再び動き出す個体なら「レストア復元ではなくてメンテナンス」と言えるレベルだし、安く直して転売するのもありだろう。


「それに、触り慣れん車体を修理するのは手探りやしな」


 原付スクーターであればキャブレターを掃除してパッキンやフロートバルブを交換、駆動系はウェイトローラーやスライドスリーブにクラッチ交換。あとはブレーキワイヤーに注油してブレーキシューを新品に交換くらいまですれば大概は安心して転売できるコンディションになるだろう。


「やっぱりカブと違って触りにくいわ、それにインジェクションのあまり触ったことも無いからなぁ」


 最近のスクーターはコンピューター制御の燃料噴射システムを採用している。排気ガスを各種センサーを使って検知して燃調を調整するので理論上は燃費が良くパワーも出る。問題はブラックボックス的な部分が多くて修理ではなく部品交換になってしまうことだ、最近の原付はカブに限らずアッセンブリー交換で直す事例が多い気がしてならない。


「新品を買えば間違いないけど、場所によっては大出費になってしまう」


 交換で大変な部品の一つにフレームが有る。これは非常に厄介なもので廃棄フレームの車体番号をタガネで潰した証明書類をメーカーへ送って新品フレームに正規打刻してもらうか、中古で程度が良い書類付きフレームを買って部品を移植するか。前者はメーカーに送る書類作成が、後者は車体番号が変わるので廃車や再登録の手間などがかかる。


「フレームがアカンかったらバラシて部品で売り飛ばすつもりやったけどな」


 働くオートバイはフレームまでダメージが及んでいる個体もままある。海沿いや寒冷地で使われた車体は潮や塩カルで錆びていたり、過酷な使用条件で使われる車体なら歪みや亀裂が有ったりする。


「外装は純正中古部品で揃えて自家塗装した。色はシェルビーコブラのイメージでブルメタに白のレーシングストライプを入れてみた」


 全塗装車はボロ隠しをしているものが多く、中古で買うときは要注意。実際にこのジャイロキャノピーの購入価格は片手で足りるほど、つまりボロだったわけだ。


「ま、時間をかけて悪いところを潰したから当分は安心して乗れると思うけど」


 この数か月、ウチの常連がジャイロキャノピーを修理し続けていた。春に買って盆休みで直してバイクシーズンに売り出そうとしていたらしいのだが修理に手間がかかって気が付けば十一月の末。バイクシーズンなんぞとっくに終わって中古車の動きがガクンと悪くなる時期だ。


「頼むわ大島ちゃん、(ジャイロ)キャノピーと彼氏が欲しい三十路くらいで色っぽい独身女性が来たら声かけてぇな」


 ここで「頼むわ大島ちゃん、(ジャイロ)キャノピーを欲しい人が居たら声かけて」と言ったなら俺も積極的に探しただろう。ところがこの常連、エッチなお店が大好きな稀代の好色一代男@変態である。常連ゆえに無下に断れないが協力もしたくない、いっそのこと原付免許しか持っていないお婆ちゃんとか紹介してやろうか。

 

 変態野郎中島を店から追い出し、どうしたものかと考えていると店先に自転車が停まった。

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