ジャイロキャノピーと変態野郎(中島)

 原動機付自転車の中でジャイロシリーズは重量級な部類に入る。重量級なだけでなく荷物を運ぶため軽量でパワフルな二ストロークエンジンで長く生産されていた。環境に優しいが構造が複雑で重い四ストロークエンジンへ移行したのは二輪を含む原付バイクのなかで最後のほうだったと思う。


「ん? これは?」


 常連客の中島が注文した部品は『悪魔のチューナー』とか『地獄のプライベーター』にしては一般的な消耗品ばかり。プーリーやクラッチ、あとはベルトといった駆動系の消耗部品が主でセッティングをして加速を良くするとか最高速を上げるといった部品は無いように思えた。


 プライベーター以上プロのお店未満の設備を備えたガレージを持つ趣味人ゆえに自分で部品を作り出せるはずだが、届いた部品を見る限りでは改造ではなく修理といったところか。


 一時のジャイロシリーズはミニカー化やカスタムの素材となり、配達業務上がりの車体が趣味人にもてはやされた。今でも一定の需要があるらしく、ネットオークションでは古い車体でもそれなりの高値で取引されている。中島は仕入れた車体を右から左へ転売して利益を得るのではなく整備して付加価値をつけたうえで転売をするのだろうか。利益は大差ないだろうが手間をかけるのは自動車整備士資格を持つ者のプライドか、もしかすると頭の中がエロと欲望で埋め尽くされている変態野郎に残された一欠片の良心かもしれない。


 部品が届いたと連絡を入れると「仕事帰りに寄ります」と返事が来た。どうやら無事に採用されて務めているらしい。


◆        ◆        ◆


 連絡をした日の夕方、地獄のプライベーターが店を訪れた。


「まいど、なんぼやったかな?」

「えらい早いやないか」


 以前の中島が店を訪れるのは十八時半頃が多かった。ところが今日は十七時過ぎにやってきた。当人曰く『おしゃべりモンスター』の異名を持つ女社長が妙な持論を振り回して延々としゃべり続けるので帰るに帰れなかったとか。


「前は仕事が終わってから一時間、延々と『努力・根性・気持ち』の話をされたけんど、今度の会社は定時になって業務終了したらタイムカードを押して帰れるんや」


 聞けば聞くほど中島が以務めていた会社は時代錯誤が甚だしい会社だったのが想像できる。


「あの女社長のおかげで背が低くて乳と尻のいかい大きい女にトラウマが出来てな、やっぱり女はスラっとして出るとこが出て引っ込んでないと」


 やはり中島は変態だ、俺はリツコさんとレイを今後一切中島に会わせないと決意した。


「部品は来たけど、本当にこれで合ってるか?」


 中島は箱の中身を「うんうん、これこれ」と言いながらチェックした。「しっかし、暑いねぇ」などと言いながら穏やかな表情を浮かべる中島に俺は「こんな事を言うのはアレやけど、テンションが下がったんと違うか」と言った。


「う~ん、何というか純正のバランスを体験してからでもエエかなって」


 たしかに言っていることは間違っていないと思う。間違っていないとは思うが、車体や部品の安全マージンを削って速さを求め続けていた男の口から出たと思えないセリフだ。


「それに初めての車種やからな、俺らかて初体験でいきなり〇〇〇〇〇はせんと正常位やったやろ? 初めてエッチする女の子に〇〇〇〇××××なんかしたら泣いて(以下略)」


 要するに純正状態を知ってから不満点を解消すべく手を入れるって事だが、例えが悪すぎる。やっぱりこいつは変態だと思って呆れていると中島は「それに、原付免許しか無いけど雨風をしのげる乗り物を求める者は居るからな」と話した。


「高嶋市に居ると免許を取るのが普通やけどな、他所ではそうでもないんや。交通手段が整った街やとバスと電車、ちょっと贅沢してタクシーがあるもん。お買い物に自転車があれば十分やと免許なんか要らんもん」


 変態野郎でも一年ほど高嶋市から出て暮らすと何かを思うことがあるのだろう。


「でな、出会った女の子が免許を持ってないっていうから『身分証明代わりに原付免許でエエからとっておき』って言うてたんや。今回のジャイロキャノピーはそんな原付免許しか持っていない交通弱者に売れたらなと思ってる」


 少し聞いただけでは良いことを言っているように思う。でもこいつ、ボソッと「出来れば美人に」と言うた! やっぱりこいつは変態や!


「それに、四ストのっつーか最近の原付は昔と違って触り辛い気がする」


 孤高のプライベーターは少し寂しそうな顔をした。

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