ストーカー④ 大島家にて
ウチの店では海外製の四輪バギーを改造した前二輪・後ろ一輪の『リバーストライク』を何台か作って販売したことがある。四輪バギーの駆動系をオートバイの物と取り換えることにより構造をシンプルにしてトラブルの発生を防ぐ。フロント周りはトー角の変化を抑えて安定したコーナリングが出来るようにして売り出した。
数台のうちの一台が本日オイル交換でご来店の安浦さんだ。警察官が仕事の内容を外部に漏らすのは洒落にならないレベルでダメなのだが、事が事だけに逸早く注意勧告をしに来てくれたのだ。
「そうか、怖い奴が居るもんやな。一回動画を見ておくか」
「大島さんはFaceboxをやっていますか?」
安浦刑事が言う『Facebox』とは世界最大級のソーシャルネットワークだ。俺はあまりSNSに詳しくない。やっていないと答えたら安浦さんが「じゃあ僕のところから」と動画を見せようとしてくれたその時、店の駐車スペースに真っ黒な高級車が停まった。ウチに黒塗りの高級車で来る客なんて滅多に居ない。
「あ、兄貴。ちょっと話があって来たんやけど」
安浦刑事に軽く会釈をした金一郎は「出直そうか?」と珍しい事を言う。
「お客さんや、スマンけど家の方で待っててくれるか?」
「そうですな、じゃあお嬢と遊びながら待たせてもらいます」
今日の夕食はカレーライス。暑い夏だからこそ辛い物を食べたくなるのは俺だけではないはず。なのにどうしてリツコさんはリンゴと蜂蜜たっぷりな甘口カレーを食べたがるのだろう。二つの味を作り分けるのが面倒で仕方がない。
「さてと、じゃあ……大変不愉快な動画で申し訳ないのですが」
安浦刑事の言う通り、非常で腹立たしく不愉快極まりない動画だった。要は無職のオッサン(俺もオッサンだが)が家柄がどうだの先祖がどうだのと散々自慢をしてリツコさんを妊娠させると宣言しているのだ。だが、警察に相談しても無駄だろう。何故なら滋賀県警高嶋署はボンクラ揃いの吹き溜まり集団だからだ。
……ごく一部の例外を除くと言っておく。
「今朝のカステラはそういう事やったんか、ゾッとするな」
「ここからは独り言ですが、警察は何か無ければ動けない」
滋賀県警高嶋警察署はボンクラ揃いで有名な落ちこぼれ集団だが、ボンクラどもに限らず警察自体が事件が起きなければ動かないものらしい。
「何かあったら手遅れやないか」
「それが警察の悪いところです」
警察官にとって身内や知り合いが巻き込まれた事件を扱うのは非常に辛いことらしい。何とか防ぎたいところだが、かと言って何も起こっていないのに動くことは出来ない。例えるなら風邪を引いていないのに風邪薬を飲む様なものだろう。
「何も起こしていない者を捕まえる事は出来ない。容疑者は必ず奥さんに近づくはず。せめて未遂のうちに捕まえられれば……」
安浦刑事の独り言はしばらく続いた。動画の配信者は警察からマークされている危険人物。暴力団とのつながりを噂されており、精神状態こそ異常だが知能レベルはそこそこ高い。そして独自の思想と信念で動いている……みたいな事を言っていた。一歩間違えば捜査情報の漏えいで処分されても文句が言え無い内容ばかりだ。
「物騒な事件が多いですから、不審者にご注意ください」
「御忠告ありがとうございます」
安浦さんは辺りを見回して「ま、あくまで独り言なんで」と言い残して店を去った。
◆ ◆ ◆
少し早めに店を閉めようかと思っていたら見覚えのあるハイエースが来た。リツコさんの後輩の竹原君だ。助手席には可愛らしいお嬢さんの姿、竹原君もなかなかやるもんだ。
「大島さん、猫を届けにきました」
「猫?」
「にゃあ」
ハイエースの荷室に鎮座するのはタイダウンに縛られたリトルカブ、そして体育座りのリツコさん。荷物扱いされたからかほっぺを膨らませて拗ねている。
「今日、刑事さんが来られて」
「高嶋署の安浦刑事にやろ? 話は聞いた」
リツコさんの愛車を降ろすのにラダーを出そうとしたのだが、竹原君は「よっこいしょっ」なんて言いながら降ろしてしまった。パワーがあるのは良いのだが、腰を痛めないように気を付けて欲しい。
「今から作戦会議をするんやけど、参加して行ってくれる?」
竹原君よりも先に彼女さんが「その為に来たんです。螢一さん行きますよ」とリトルカブを降ろした彼の手を引いて店内へ。こうして見ていると竹原君と彼女さんの力関係がよくわかる。竹原君は奥さんの尻に敷かれるタイプだ。
「後片付けはこれでよし、金一郎の用事は何かなっと」
店を閉めて住居へ入ると金一郎と竹原君が殺気を漂わせてパソコンの画面を見ていた。画面には我が家の画像、勝手に自宅の画像をSNS上で公表するのはルール違反ではないだろうか? あとで安浦刑事に相談しよう。
「金一郎、お前もその件で来たんか」
「ええ、仕事がらみで調べてたら引っ掛かりまして」
金一郎はfaceboxの動画や画像を見て「これは兄貴一家の一大事」と来てくれたのだった。
「レイは?」
「お嬢は明日香さんが面倒を見ています」
作戦会議をするなら先に食事を済ませておく方が良いだろう。
「腹が減っては戦は出来ん、飯を食おう」
腹が減った状態で決めた作戦なんぞ当てにならない。しっかりと食べてエネルギー満タンにしてから作戦会議をしよう。
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