価値観の変化

 スーパーカブはお年寄りが乗るオートバイ。同系のエンジンを積んだモンキー等は入門用の安くて小さなオートバイ。二ストロークエンジンが搭載されたスクーターやミッション車より遅かったので好んで買う若者は少なかったように思う。高嶋高校の生徒たちが通学に使っていたのは燃費や中古車の価格が主な原因だったと思う。


「まるで遊園地から出てきたみたい……可愛い」

「元々は遊園地の子供用バイクやからね」


 晶さんに連れられて店へ来た天美さんはモンキーの中古車を熱心に見ている。これは商売のチャンス、大事な大事なアタックチャンスだ。


「でも、もうちょっと大きい方がいいか」

「新型のモンキーは一回り大きいで、スーパーカブもお勧め」


 最近の高校生たちはアニメや小説の影響でスーパーカブに乗ったりする。通学用のオートバイとしてもスーパーカブは大変優秀だ。風が強い日も安定して走れる走行安定性と、お小遣いに打撃を与えにくい好燃費は免許取りたての高校生たちを新しい世界に連れてゆく。


 価値観の変化は面白いものだ。一昔前は「お年寄りのオートバイ」とか「新聞配達」、あとは「出前のバイク」なんて言われていたスーパーカブを若者が好んで乗る。


「新車を買えるほど高給取りじゃないです。カブはちょっと違うかなぁ」

「最近は値上がりしてるからなぁ」

 

 某国が軍事侵攻して以来、何もかも値上がりしている。オートバイに限らず車も半導体不足が原因で納車が遅れているとか。下手をすると受注停止にまでなっている。


「中古車も値上がり気味なんや、仕入れ値が高うてなぁ」

「でしょうねぇ……」


 少し前までとりあえず走る程度まで整備した格安車を二万円台で店先に並べていた。ところが最近は程度の悪い車体でさえ仕入れ値が上がっている。商売でやっているからには損を出せない。


「仕入れ値に部品代、そして儲けを乗せたのがこの値段」


 実動のカブが一万円なんて大昔の話だ。今はボロでも数万円の値がついてしまう。新聞配達で使い込まれてヨレヨレのクタクタになったプレスカブでもそれなりの値段になるご時世、古めの二ストスクーターでさえ値上がりの傾向にある。ミニバイクを安く仕入れて安くで直す、そしてお求め安い値段で売る我が大島サイクルにとって厳しい状況だ。


「グロムとかエイプで通勤しようかなって思ったんです」

「一二五㏄クラスのミッション車な、それはいい案なんやけど……」


 近頃のガソリン価格の高騰は庶民の財布に大打撃を与えている。天美さんは燃費が良い四ストロークのミニバイクで通勤しようと考えたのだろう。高嶋署には何人かお得意さんが居る。もう一人はバイクではなくてミニカー登録のトライクだが、天美さんの先輩である晶さんはカブで通勤している。


「車体がこの値段じゃガソリン代が節約できても元がとれない……って先輩?!」


 いつの間にか晶さんは『晶ガールズ』とするご近所の奥様方に囲まれていた。揃いも揃って「どこが『ガールズ』や」と言いたくなるような年齢のお嬢様ばかりだが、長生きしたいのならば言わない方が良い。


「友希、こちらの皆さんが私のかわいい子ネコちゃんたちだ」

「先輩、そんな事を言ってるから星組入りを打診されるんですよ?」


 晶さんに「かわいい子ネコちゃん」と呼ばれた奥様方は頬を赤く染めてウットリしている。『高嶋署の白き鷹』こと浅井晶様に甘い言葉を囁かれては一巻の終わり。既婚者になろうが妊婦になろうが男装の麗人は破壊力抜群だ。


「星組?」

「白バイ隊員のエリートイケメン集団です。先輩は妊娠したので辞退されました」

「私は女の子だからね」


 滋賀県警の交通課はオートバイ普及とイメージアップを図るため、広報活動を目的とした白バイ隊の結成を計画しているらしい。運転技術や検挙件数だけなく見た目麗しいトップレベルな白バイ隊員のアイドルグループ、それが『星組』だそうな。


「男性グループ入りはチョットね、それにお腹に赤ちゃんが居るからね」

「天美さんも星組に入れそうやね」


 天美さんは困った顔をして「私も女の子ですから」と答えた。そんなやり取りをしていたら住居の方から「レイちゃ~ん! どこへ行ったんえ~!」志麻さんの声が聞こえた。


に~にお兄ちゃん♡」

「レイちゃん、久しぶりだね」


 ワイワイと賑やかにしていたらレイが出てきた。晶さんは幼児に対してもイケメン妊婦だ。


「にーに、ぽんぽんお腹おおきい?」

「レイ、晶さんはもうすぐママになるんやで」


 わかりやすく伝えたつもりだけど、レイは怪訝な顔をして「チョット何言ってるかわかんない」と答えた。


◆        ◆        ◆



「ふう、暑い。真夏にリッターバイクはキツイわね……」


 真夏のリッターバイク、しかも空冷と来れば信号待ちは殺意が湧くほど股下から熱気が上がってくる。だからってゼファーちゃんを手放すつもりは無いけど。


「暑いのは夏だけ、だからビールを飲んで乗り切ろう」


 ハイボールでもいいなと思いながら玄関を開けると普段なら「ママ~!」と出迎えてくれるはずの娘が出てこない。お台所で夕食を作る夫に「何かあったの?」って聞いたら「ほれ、リツコさんソックリ」と、指さした部屋の隅には膝を抱えて体育座りをする娘の姿が。


「どうしたの?」

「いや、それがなぁ」


 今日は晶ちゃんが巡回がてら妊娠報告をしにお店へ来たんだって。後任っていうか代理もイケメン女子白バイ隊員だって。


「女性白バイ隊員って全員が男装の麗人なんかなぁ?」

「気のせい気のせい♪」


 私は晶ちゃんから「次も私っぽいのが来るよ」って聞いてたんだけどね(笑)


「けっこうお腹が目立つようになってたな、順調みたいやったのはエエんやけど」


 赤ちゃんが出来たのは晶ちゃんが「自分で伝えたい」っていうから秘密にしてたの。順調で何より、だけどレイちゃんの様子が気になる。


「レイは晶さんが男やと思ってたみたいでな、混乱してるみたいや」

「わかる」


 私だって晶ちゃんのお腹に新しい命が宿っているなんて信じられない。男性キャラが妊娠したような不思議な感じ……とでも言えばいいのかしら?


「レイちゃん、良い子してた?」

「まま、ねーねお姉ちゃんままお母さんにーにお兄ちゃんととお父さん? なんでにーに晶ちゃんがままになるの?」


 まだ混乱して泣きそうになっている娘に私はこう言うのでした。


「レイちゃん、『男装の麗人』は女の子なのよ。でもって男装の麗人が嫌いな女子が居るかしら? いいえ、居ないわ」


 この数年後、レイは『男装の麗人』と『BのL』にドはまりするんだけど、それはまた別のお話。

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