良い季節

 天気だけでなく景色もよく雨に降られず気温もそこそこ、春から初夏にかけてはライダーにとって一番良い季節ではないだろうか。一部の高嶋高校へ通う生徒たちはバイク通学を始め、我が家のニャンコリツコさんも「ライダーにとって一番良い季節」と言ってゼファーやリトルカブを気分によって乗り分けて通勤している。


「黄色い悪魔? 何やそれは?」


 某国の軍事侵攻や某国の弾道ミサイル発射など、物騒な出来事が相次ぐ昨今。わが安曇河町では何やらおかしな噂が流れている。


「ウチの孫が言うてたんやけど、あたるちゃんは知らんけ?」

「道の駅の入り口に黄色いトレーラーみたいな店があるけど、それは違うか」


 近所の婆ちゃんが言うには道の駅で行儀の悪いライダーに注意する女の子がいるのだとか。


「黄色いバイクに乗った女の子が暴走族を追い払うんやって」


 他人に注意されて逆ギレされる時代に珍しい話だ。


「注意して逆ギレされたら怖いやん、度胸があるんやなぁ」

「そうやねぇ、私やったら恐ろしゅうて出来んわ」


 道の駅安曇河を訪れるライダーだけでなく、普通にツーリングをしているライダーはマナーの良い連中ばかりだ。周囲に迷惑をかけているのは一部のライダーのみだと思っている。


「三十年ほど前やったら暴走族とか多かったみたいやけど、最近は昼間は見かけんもんな」


 高嶋署に晶さんが配属されて以来、悪さをする連中は尽く狩られているおかげか昼間の市内では悪さをする連中はほぼ見られなくなった。それでもマナーの悪いライダーは居ないわけではないし、時折トラブルも発生しているらしい。


「もしかすると、黄色いバイクって中ちゃんのお客さんか」

「黄色いバイクやったらウチのお客さんにも居るけど、多分違う」


 同期の娘が黄色いカブに乗っているが、ほんわかした癒し系の娘だ。暴走族を追い払えるような子じゃない。そもそも近頃はスーパーカブだけでなくボデーカラーが黄色のバイクなんてホンダ以外でもあったはずだ。


「ま、おばちゃんは近寄らんようにしとき。巻き込まれたらえらいことやで」


 一昔前なら格好悪いと言われていた黄色、今では可愛らしい色として癒し系のミニバイクだけでなくスポーティなオートバイでも見かける。


 そういえば最近黄色いミニバイクを修理したような……。


◆        ◆        ◆


「にゃあ~ん、まふっ」

「にゃあ~ん、はむっ」


 六月に入って妙に暑い日があると思えば、今日みたいに気温が低い日もある。今夜の夕食は休日に焼いて冷凍しておいたハンバーグ。レンジでチンして出してもよいのだが、野菜嫌いなリツコさんに野菜を食べさせる為に煮込みハンバーグにしてみた。


「レイ、『にゃあ~ん』はアカンよ」

「なんで?」


 レイとリツコさんの見た目はそっくりだが、滋賀訛りの言葉使いは俺とそっくりだ。ご近所の奥様や婆ちゃんたちの影響かもしれない。リツコさんは俺たちのやりとりを眺めながらビールを呑んでいる。


「それにしても『黄色い悪魔』ねぇ、ウチの生徒で心当たりは無いなぁ」


 奥様方が言っていた『黄色いバイクに乗った女の子』は高嶋高校の生徒ではないらしい。もしかすると社会人になってからオートバイに乗り始めたとか、引っ越してきた人かもしれない。あまり考えないようにしよう。


「レイちゃん、パパのハンバーグ美味しいね」

「うん!」


 レイが食欲旺盛なのはリツコさん譲り、見る見るうちに煮込みハンバーグは二人のお腹に収まってゆく。


「大きくなったらお料理が出来る男の子を捕まえるのよ」

「うん!」


 そのわりにリツコさんの飲酒量が伸びないのが気になる。おいチョット待ていま何か言った? まぁいいや。


「市内に出没してお行儀の悪いライダーを粛正する女の子やってさ、どんなお嬢さんやろうな」

「そもそも『女の子』なのかしら?」


 一瞬だがリツコさんじゃないかと思った。でもリツコさんのリトルカブは赤色だから違う。ウチのお客さんでバイクのハンドルを握ると性格が変わる奥様が居るが、乗っているのは三輪バギーだから違う。


「なんで?」

「だって、私が知らないんだもん」


 リツコさんはそれなりに長く高嶋高校で勤めている。全部の生徒を覚えているわけではなさそうだが、特徴のある生徒やよく保健室に来ていた生徒なら思い出せるらしい。


「高校生になってからオートバイに乗り始めた生徒なら、ある程度覚えてるよ。でも、お行儀の悪いライダーに向かっていく子は心当たりが無いかな?」


 俺だって十年単位で来なかったり数年だけの付き合いしかしていない客は忘れそうになる。


「特徴があると覚えてるもんな、わかる」


 市内の道の駅や施設の出没する『黄色い悪魔』の正体はわからない。今度晶さんが来たら聞いてみよう、彼女なら解るはずだ。


◆        ◆        ◆


 昼間は活発なレイは夜になると急におとなしくなる。いっぱい遊んでいっぱい眠るのが子供のお仕事、寝る子は育つを地で行くお子様である。そして、いっぱい働いていっぱい食べて、いっぱい呑んだリツコさんは夜が更けると共に動き始める。


「ライダーにとって良い季節、通勤してても気持ちがいいよ」

「リツコさん、重い」


 背中に柔らかな感触、そして耳を甘噛みする求愛行動。


「乗っても気持ちがいいけど、夜は乗られたいなぁ……」

「寝室へ行こうか」


 リツコさんは俺に抱きつき「にゃふふ……」と妖艶な笑みを浮かべた。


「向こうにはレイちゃんもいるし、このままここでいっぱい……そ・そ・い・で」


 


――――― 合     体 ! ―――――




 チョットだけ暴れ馬な乗り心地でした。

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