二〇二二年一月

二〇二二年一月

 年末の高嶋市は大雪に見舞われ、除雪が行き届かなかった地域では交通マヒが起こり大混乱の日々が続いた。積雪数センチならまだしも六十センチとなればスタッドレスタイヤやチェーンを装着しようが焼け石に水。バイク通学を諦めた学生たちはしぶしぶ一時間二本しかない電車に乗って高校へ通い、中には親御さんに送迎をしてもらうものも居たそうな。


「にゃーにゃにゃーにゃにゃーにゃーにゃーにゃにゃにゃ♪」

「にゃーうにゃーう♪」


 寒がりのリツコさんが素直に電車通勤をするはず無い。レイのお守りをお願いしている志麻さんに来るのを少し遅らせてもらって高嶋高校まで送り迎えをしている今日この頃だ。レイは車でお出かけするのが楽しいからか、それとも母と一緒に居るのが嬉しいのか。二人で某アニメ映画のテーマソングを『にゃ』で歌っている。


「にゃーにゃーにゃにゃにゃぁ♪」

「にゃにゃにゃにゃ♪」


 質素ながらも計画的に街づくりがされていた安曇河町は主要道路に融雪装置が設置されているのでまだマシ、問題は真旭町から北側だ。真旭町は合併後に融雪装置の設置がいったん凍結されてしまった。これは市役所本庁舎が旧真旭町役場になったことへの今都町からの報復と言われている。


「にゃーにゃーにゃーにゃにゃにゃにゃあにゃにゃにゃにゃっにゃ♪」

「にゃにゃにゃにゃにゃっにゃ♪」


 バイパス道路を走る分には問題ないが、真旭町に勤めている常連の中島曰く「車やと会社までたどり着けんかった。一旦家に帰って三輪車で出直した」らしい。三輪車とはジャイロXの事である。働くオートバイの四天王と言えばスーパーカブにジャイロシリーズ、あとは知らん。


「にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~にゃーにゃあ~う~♪」

「にゃんにゃんにゃんにゃにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん♪」


 中島はもしもの時の為にジャイロXのタイヤをスタッドレスタイヤに交換していた。本人曰く「ホンマに役立つ時が来ると思わんかった」らしいが、非常時の備えってのはそんなものであろう。


「にゃ~うにゃ~う♪」


 それにしても『にゃ』で上手く歌うものだ。妻と娘の前世は猫ではないだろうか?

まぁ猫だとしても……別にいいけど。


「何か言いたそうね」

「いや、あの曲を猫になり切って『にゃ』で歌うなんて見事やなって」

「まま、にゃ~んにゃん」


 二歳になったレイは店へ来る常連に可愛がられたおかげか、人見知りをせずよく喋るようになった。それでも母親は別格なのだろう、リツコさんを送り迎えする時は付いて来たがる。


「レイも大きくなったら高嶋高校へ通うんかな……」

「この子が通う頃には今都に無いかもね」


 リツコさんが言うには、滋賀県立高嶋高等学校は「私の定年までに移転するかもしれない」とのことだ。先ごろの高嶋市市議会選挙で今都町の議員が多数当選した勢いからか高嶋市を再編成して北部・南部を分けるみたいな話も出ていると情報通のおっさんが言っていた。

 

「レイが大人になる頃の高嶋市ってどうなってるんやろうな」

「そうねぇ……」


 リツコさんは少し考えて「あまり変わらないんじゃないかなぁ」と言った。


◆        ◆        ◆


 この一月でレイは二歳になった。見た目は小さなリツコさんそのものなレイだが、手先の器用さは俺に似たのだろう。小さなお手手で懸命にミカンの皮を剥いては食べて剥いては食べてしている。乳母の志麻さん曰く「お嬢ちゃんはミカンを食べているとおとなしい」とのことだからお腹を壊さない程度に食べさせることにしよう。


 俺は今日も……いや、今年もスーパーカブの修理をすることにしよう。国道一六一号線バイパスは雪が降ってからは融雪剤である塩化カルシウムが蒔かれている。塩化カルシウムは塩である。オートバイを猛烈に錆びさせてしまうから余程の事情が無いかぎり高校生たちはバイク通学をしない。そんな今の時期は整備のシーズンだ。


「おっちゃんってカブとスクーターやとどっちが好き?」


 バイクの修理状況を見に来た若者に聞かれるが、毎度のことながら答えは「カブやな」の一択。


「チェンジペダルを踏みこんだらな、クラッチが切れると同時にギヤチェンジも出来るんや、でもってペダルを放すとクラッチが繋がってギヤチェンジが完了。そしてスロットルを開ければクラッチが繋がってスピードが上がる。これ五十年以上前に開発したんやから、たいしたもんやで。偉大さに敬意を示してカブやな」


 近頃の若者はスマホやゲームに夢中で、俺たちのガキだった頃みたいにプラモデルや機械工作はしないらしい。工具や分解整備中のエンジンが珍しいのか「これは何?」と聞いてくる。


「このペダルを踏んだ時の『ガチャコン!』ってショックがアナログ制御って感じやな。いくつもの操作をワンアクションで終わらせたぞって感じがするなぁ、そう思わんか?」


 ここは滋賀県高嶋市、琵琶湖の西側にある小さな田舎町安曇河町。今年も俺は小さなオートバイたちを修理し続ける。

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