スーパーカブ②

 大島のおじさんから引き継いだ店は店名が本田サイクルに変わりました。店の名前は変わりましたが、大島サイクルのお客様は当店にバイクや自転車の修理で訪れてくれています。妻の理恵と二人三脚で経営する本田サイクルに、今日も古くからのお客様が来てくれました。


「人はな、『愛』って糸を紡ぎながら生きていくわけよ」


 排気ガス規制の影響でキャブレター車が生産終了して三十年くらいになるのかな? 最近の若いバイク整備士の中にはキャブレター車に触れたことが無く、修理が出来ないからと断る店も多々あるとか。もちろん我が本田サイクルではキャブレター車のメンテナンスに修理、キャブレターのオーバーホールや交換も引き受けています。もちろんインジェクション車や最近流行の電気式スクーターも取り扱っています。


「そうかもしれませんね、ところで今回の注文は以上でよかったですね?」

「おお……今回は全部来たん……社外品もあるな、まぁ仕方がない」


 このお客さんは大島サイクル時代からのお客さん。お客さんといっても車両の修理やメンテナンスで入庫することはほとんど有りません。部品を注文して自分で作業をするユーザー、世にいう“プライベーター”です。


「しかしまぁ、社外とはいえ部品が出て直せるのがカブらしいよな」

「中島さんは自分で直すんですよね、(カブ歴は)長いんですか?」


 中島さんは僕に質問に「いいや、ほんの三十年くらい」と答えました。十分長いと思うけれど当人は「カブの世界やと青二才」と笑い飛ばします。そんな中島さんも最近はウチへ作業を依頼するようになってきました。どうやら老眼が進んで手元でする細かな作業が難しくなったそうです。


「もう昔みたいに細かな作業も突貫作業も出来ん。昔は山ほどあったボロいカブをベースにメーカーで無い組み合わせをしたりして遊んだけど、今はベースのカブ自体が残ってないからな」


 かつては「けったいな組み合わせでカブを作りよる」と大島のおじさんに言われたり、横型エンジンをカリカリにチューニングしていた中島さんも最近はパワーはそれ程求めず耐久性に振ったエンジンを組む様になりました。


「大島ちゃんは亡くなったし俺も爺さんになった。目も耳も弱って故障に気付くのが遅れる。最近はエンジンを持ち上げるだけで腰を痛めて寝込む有様、そろそろ免許を返す時期か。本田君、歳を取るって悲しいな」


 かつてはダンプカーや大型バスに乗っていた中島さんは徐々に免許を返納して、今持っている免許は普通自動車一種と普通自動二輪のみ。年をとるのは悲しい、だけどそれ以上に周りの成長を見て喜ぶことがあるのではないか、そう訊ねたら中島さんは「周りに人が居たらな」と返事をしました。『蒼柳あおやぎ区のバートマンロー』は一人でスーパーカブを修理しながら孤独な暮らしをしています。


「ま、観ていたいものもあるけどな。大島ちゃんのお嬢さん……いや、磯部さんの孫の成長とか」


 中島さんはレイちゃんのお祖父さんと趣味を通じて知り合いだったそうです。リツコさんとも面識があったそうですが、リツコさんは幼い頃だったからか覚えていなかったのだとか。世の中って案外と狭いものです。


「先代が亡くなってもうすぐ五年ですよ、早いものですねぇ」


 大島のおじさんが亡くなってもう少しで五年になります。今度の春は五回忌の法事が執り行われます。ただ、法事と言ってもおじさんの遺言でどんちゃん騒ぎの飲み会になるだけですが(笑)


 もちろん呑んで大騒ぎをするのはリツコ先生です。食べまくるのが妻です。レイちゃんと僕で酔ったリツコ先生と満腹で動けない妻を介抱するのが大島家の法事です。今年は浅井さん夫婦も来るらしいので、薫さんと楓君にも手伝ってもらうとしましょう。


「大島ちゃんは奥さんと愛を紡ぎ、レイちゃんは彼氏と愛を紡いで歴史を作るんやろう……紡いだ愛でどんな生地が織れるか楽しみやな……」


 機織りを仕事にしていた中島さんらしい表現です。


◆        ◆        ◆


 四歳になった理生りおは夫が作った小さなオートバイ乗りはじめました。中国製キットバイクのフレームにモーターとバッテリーを組み合わせた電動ポケバイです。夫はスーパーカブのエンジンを積もうとしていましたが、理生の体に合わせたサイズにしたらエンジンが積めなくなってしまいました。だから電動です。


「お母ちゃん、見て見て~!」

「理生! 前! 前を見て乗って!」


 小さな体で小さなオートバイに乗る理生、まるで若き日の私をミニチュアにした様です。高校生時代の私もこんな感じだったのでしょうか? 夫に尋ねたら頷いて答えました。


「小さなバイクにのる小さな元気な女の子、君とそっくりだ」


 年をとってから授かった娘は私たちの宝物。昨日来たお客さんの言うように、私と速人が紡いだ愛で織った織物です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る