スーパーカブ①

 電気自動車及び電動オートバイの進化はモーターとバッテリーの進化の歴史でもある。鉛蓄電池はニッケル水素電池になり、更にリチウムイオン電池になって大容量かつ軽量化された。モーターはブラシの消費と効率の問題に悩まされたブラシモーターからブラシレスモーターに。超伝導モーターはまだまだ実用化される気配は無いけれど、実用化されれば化石燃料で動く乗り物は激減するだろう。


「ガソリンで動く最後の乗り物はスーパーカブ、しかもキャブ車になると思う」


 こんな極端な事を言いだすのは本田のおじさんではなくて、パン・ゴールのお客さんで常連の高石さん。子供のおやつや在宅でデザインの仕事をするご主人の為にパンを買いに来てくれるありがたいお得意様だ。


「高石さんは極端な事を言いますねぇ、僕のカブ一一〇はどうですか?」


 高石さんも本田夫妻と同様にレイちゃんのお父さんの修理したバイクに乗って今都町まで通学していた高嶋高校のOGらしい。高石さんは少し考えて「インジェクションやコンピューターがネック」と答えた。


「原始的な機械ほど部品調達は容易、夫のカブは部品が出るのに私のトゥディは部品探しで困ってる」


 中国生産だったホンダトゥディは修理に時間がかかる車種らしい。スクーターの電動化により駆動系の汎用部品が少なくなったのも影響している様だ。ボアアップするとエンジンやキャブレターだけで駆動系までセッティングしなければいけない機械式のスクーターは本田のおじさんも未だに「スクーターは難しいなぁ」と悩みながら直している。対して電気式のスクーターはモーターとバッテリー、そして車種によってはスピードコントローラーを交換すればOK。ホイールインモーターの電動スクーターは『駆動系チューン』を楽しめた機械式スクーターの市場を駆逐した。


「昔の物には昔の物なりの良さがありますもんね、あ、試作のパンを一個オマケしておきますね」

「ありがと、ウチのワンコ君に食べさせる」


 高石家は女性上位のご家庭、ご主人は犬扱いされているがこれは高校時代からの事らしい。ご主人は後輩で、高校時代から子犬の様に今日子さんに付いてきたから『ワンコ』なんだとか。


「ワンコって、ご主人を犬扱いするなんてひどいですよ」

「ふふっ、うちの人はね、高校生の頃から私に犬みたいについてきて可愛いのよ」


 微笑みながら答える高石さんに戦慄を覚える。僕も結婚したらワンコ扱いされるのだろうか?


◆        ◆        ◆


「にゃあ~ん……まふっ」

「大島さん、美味しそうやね」


 あら嫌だ、社長に大口を開けて餡ドーナツにかぶりつくのを見られてしもた。しかもいつもの癖で「にゃあ~ん」って言ってしまうし。お父さんに「大きく口を開けるのはいいけど『にゃあ~ん』はアカンで」って小さい頃から言われてるのに直らない。幼い頃からの癖って全然直らない、困ったもんだ。


「ええ、何だかお腹が空いて」

「食えるのは良いことや、生きてるって証拠やからな」


 その昔『億田金一郎の懐刀』と呼ばれた切れ者の今津社長。元々は不動産担当ではなく、金融の仕事でスーパーカブに乗って父の店を訪れていた。私の周りは両親の知り合いばかり、おかげでやり難いこともしばしば在る。


「大島さんは小さい時にミカンを食べ過ぎて黄色くなったことが有ったな、あの時は親父さんと会長が『肝臓かっ!』『お嬢に一大事やっ!』って大騒ぎして、大慌てで奥様が病院へ連れて行ったなぁ」


 社長が言う『レイがミカンを食べすぎて黄色くなった事件』には続きがある。母も同様にまっ黄色にっておまけ付き。おかげでコタツが出る時期になると好き放題食べられたミカンが一日四個までと決められてしまったのだ。父が亡くなってからは母も私も好き放題食べている。二人とも冬になるたびに手や踵が黄色くなっているのは言うまでもない。顔はメイクで、脚はタイツやストッキングで隠せるけれど、手は黄色のまま。


「もう、社長はどうでもエエ話を覚えてる」


 プンスカして答えると社長は「エッセイに書いて投稿したからな」と答えた。どんなエッセイやねん。一度だけヒントを聞いたら『妖怪ミカン食い』とかなんとか。エッセイの題名とか投稿したサイトを教えてくれへんから読めてないけど。


「そのパンは彼氏が作ったんやろ?」

「ええ、パン・ゴール特製の餡ドーナツです。社長もいかがですか?」


 今津社長は「じゃあ一つ」と餡ドーナツを食べ始めた。今津社長は会長と違ってお酒はほとんど飲まない。常日頃から「俺は下戸やから甘いもんの方がエエねん」と言っている。


「レイちゃんはお母さんに良く似てる。まるでモデルチェンジしてもデザインがほとんど変わらんスーパーカブみたいや」


 母がモデルチェンジすると私なのだろうか? だとすれば改良点は『料理の腕前』に違いない。だとすれば楓ちゃんは晶おば様のモデルチェンジ版? 晶おば様が待望のモデルチェンジをした結果が楓ちゃんなら、薫おじ様がモデルチェンジをしたのが妹の紅葉もみじちゃんか。


「だとすればは『高嶋署の白き鷹』の新型ですね」


 楓ちゃんと付き合ってもう二年、私と彼はこの先どんな未来へ向かうのだろう。

 

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