イケメン新婦と可憐な新郎④披露宴

 イケメン新婦と可憐な新郎の挙式は無事に終わり、いよいよ披露宴である。


「それにしても、婦警ってのはゆかいな顔をしてるんやなぁ」

「怪我のせいよ、ブーケトスで必死になって……はしたない」


 大島夫妻が呆れるのも仕方がない。晶の同僚の婦警連中ときたら世界が核の炎に包まれようが学校で人を見た目で判断してはいけないと教育されようが結婚しようにもゴリラにも見合いを断られそうなゆかいな生き物ばかり。心がキレイなら救われるが、外見だけでなく中身まで腐りきった連中ばかりである。


「せっかくの服が台無しね、独身をこじらせると怖いわね」

「それに関してはコメントを差し控えさせていただきます」


 リツコに話しかけられた中はコメントを控えた。何故ならリツコ自身が独身をこじらせて大島家に居ついた迷い猫だからだ。たまにお魚をくわえたどら猫だったりする。


「しかもブーケを受け取ったのが竹原君やもんなぁ」

「あいつ、『すまんのう、わしが次の花嫁じゃ』なんて言ったのよ。笑えないよね」


 只でさえ高嶋署の婦警はゴリラか人間かよく見なければ間違うレベルなのに、ブーケの奪い合いで新婦友人の洋服は所々破れ、顔は土台だけでなく化粧まで崩れて「よくここまでゆかいな仲間たちを集めた、感動した!」と、某元総理が表彰するであろう惨状になっていた。しかも肝心なブーケは風に流されたのか晶のコントロールが悪かったのか、新郎の親戚である竹原がゲットしたのだから笑える。つまり高嶋署の婦警連中よりも竹原の方が結婚する可能性が高いのだ。


「おかげで新郎新婦が際立つな」

「晶ちゃんはキレイだし、薫ちゃんは可愛い格好いい。お似合いの二人ね」


 婦警のいざこざは新郎新婦が入場して着席まで続くのではと思われたが、機転を聞かした新婦がウインクをして黙らせて目力で席まで誘導した。残った野郎どもは新郎がほほ笑むとおとなしく席に着いた。


 出しゃばって仲人になった高嶋署署長の挨拶に今日は無礼講とばかりに「ひっこめ!」だの「ハゲ!」だの罵声が飛び交う様子を壇上の二人は顔をひきつらせつつ何とか微笑んで見ていた。そもそも世界中で最も質が悪いのは独裁国家と酔っぱらった公務員である。酔って暴れる参列者は薫の親戚である竹原がシバキ倒しては式場から放り出したから何とか式は進んだが、ファーストバイトの時点で新婦側の参列者のうち男性の同僚はほとんど居なくなってしまった。


「薫さん、あ~ん」

「あ~ん」


 残った参列者はドレス姿の晶を見て「私たちの王子様がオンナになってしまった」とヤケ酒気味に呑みまくったり、薫の『あ~ん』する姿に萌えたり。『てんとう虫のサンバ』を歌ってキスをさせたり、そのキスも晶が薫に顎クイをしたりで、盛り上がったが、そんな盛り上がりなど、吹っ飛んでしまうほどのクライマックスが待ち受けていた。


 お色直しである。大事な事だからもう一度、お色直しである。


 新郎新婦が一旦退場する間にゆかいな顔になった参列者は化粧を直し、感動の涙で若干化粧が崩れたリツコもメイクを整えて、再度新郎新婦が入場したところからが真のクライマックスだったと言っても良いだろう。


「お色直しをした新郎新婦の入場です」


 スポットライトに照らされたドアが開くと、場内は静まり、刹那の静寂の後歓喜の渦で湧いた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! 晶さまぁっ!」

「うおぉぉぉおぉっぉ! 萌えぇぇぇぇぇぇえぇ!」

 ※一部抜粋 その他の歓声は文字化不能


 お色直しから続くキャンドルサービスは参列者が蝋燭の芯を湿らせたり、付いた火を消してみたりと最も御ふざけが出来る場面。


「ああ……晶ちゃん結婚して♡」

「おお~薫さん……化けたなぁ」


 だが、ここで度肝を抜いたのは二人のコスチュームだった。スタッフが「皆様カメラの準備を!」と言う前にフラッシュの嵐。


「「せーの、バキューン!」」


 スポットライトに照らされた新郎新婦が息を合わせて指で『バキューン!』と撃つと、会場のあちこちで「のわぁっ! はうっ!」とうめき声が上がり、キャンドルを持った新郎新婦が各テーブルを回ると気絶者が続出した。どこかの県警の巡査が上司を撃って事件になったのに、現職の警察官の結婚式でそんな事をするのバキューンはけしからんと怒る者はいなかった。怒ったのは夫婦で式に参列したこの二人。


「中さん、鼻の下を伸ばして何よっ! 私という妻が居るのに!」

「リツコさんこそ俺とレイが居るのに『結婚して♡』ってなんやねんっ!」


 仲良し夫婦でも喧嘩をしてしまう、そんな破壊力抜群なコスチュームとはウェディングドレスとタキシードである。ただしタキシードを着ているのが晶で、ドレスを着ているのが薫だ。


「ブヒッ! 男の娘新郎バンザーイ!」

「ううっ……晶様のウインク……晶様のタキシード姿……」


 残存婦警たちが出した『晶様 ファンサして』の団扇を見た晶がウインクをすると不○工で男と全く縁がなさそうな婦警は気絶してはスタッフに担架で運ばれ続けた。


「はうっ!」

「ああっ!」


 復帰した参列者も薫の笑顔を診ては萌え死(実際は死んでない)しては担架で運ばれを繰り返し、最終的には大量の鼻血を出して貧血になって救急車で運ばれて行った。


「あのなぁ、『妻』は実質俺やん! 毎晩毎晩お酒呑んで!」

「うるさい! 私は前後の穴の初めてを中さんに(以下カクヨム規定に接触)」


 仲良しな大島夫妻も少し言い合いになる始末。悪乗りした晶がファンに『御指名ありがとうございます、晶です』とポーズをとったものだから式場は大混乱。さらに薫が『晶ちゃん、だ~め♡』と制止する様子が拍車をかけた。「よし、俺も御酌に回ろう」とノリノリで晶の兄も加勢して婦警にお酌をすると披露宴はホストクラブかと思うほどにドンペリコールが湧きあがった。


 予算のお都合でドンペリは出なかったが。そもそもこんな田舎に高嶋市はドンペリなんぞ扱っている問屋が無い。後に薫は「本当にドンペリが出てきたらどうしようかと思ってた」と語った。


 締めの花嫁から両親へ感謝の手紙を朗読する辺りになると、参列者の大半はズタボロになっていたが何とか無事(?)に式は終了した。


 今回の結婚式では挙式で負傷者多数、披露宴でも次々と高嶋警察署関係の参列者が倒れ、式後の数日間は仕事を休む人員が多数となった。只でさえパトカーのオイル漏れやらアホ署員やらでまともに動かない高嶋署が機能不全に陥った有様は後に問題となり、滋賀県警史に残るアホ伝説となり署長以下数名が減給処分になった。


「まさに『一回の伝説』やな」


 こうして『浅井夫妻最強伝説』が生まれ、高嶋署のアホ伝説も生まれ、ついでに仲良しの大島夫妻が珍しく喧嘩をしたり大島サイクルで『晶様・薫ちゃんブロマイド』が爆発的に売れて、その中でも逆転新郎新婦の『バキューン!』はレアカードとしてプレミア価格で取引されたり新型肺炎で落ち込んだ大島サイクルの売り上げをかなりカバーしたりした。


 翌月、新婚旅行後に土産を持って大島サイクルを訪れた晶は大島から「かつら……いや、浅井さん。今後『御指名ありがとうございます―――』は禁止な」と注意されたのだった。


 ともかく、新妻となった晶は女性として……いや、何というか、とにかくますます輝くのであった。


◆        ◆        ◆


 そんな大騒ぎの結婚式が終わった翌日。


「りつこさん」

「シャーッ!」


 昨日の喧嘩を引きずり、リツコはまだ不機嫌。ドレス姿の薫を見た中が鼻の下を伸ばしてデレッとしたからだ。中がタキシードの晶を見て「結婚して♡」なんて言った自分はどうなのかと問い詰めたのが良くなかった。


「リツコさん?」

「フシャーッ!」


 困った中が話しかけると威嚇してくる始末。朝ごはんも食べず、凄い気迫である。


「リツコ……」

「シャーッ!」


 不機嫌なリツコはまるで激オコな猫のように鼻筋にしわを寄せて威嚇し続けていた。そんな様子をキャッキャと手を叩いて喜んで見ているのは歯が生え始めて、最近はつかまり立ちをし始めたレイ。


「レイ、怒ってるママが面白いんか?」

「ウキャッ♡」


 笑顔で答えるレイの様子に中はわが娘の未来が少し心配になった。


「仕方がない、御昼前やけどアレを出すか」


 困った中は冷蔵庫から最終奥義を取り出した。


「ビール」

「にゃ~ご♡」


 今年は新型肺炎騒動で何も楽しい事が無かったからと、中は倉庫からバーベキューコンロと木炭、そして着火剤とガスバーナーを出した。


「お肉」

「にゃ~ん♡」


 十一月の割に暖かで晴れた祝日。大島家の縁側にはバーベキューコンロが設置され、背中にレイを負ぶりながら肉を焼く中とビールを片手におにぎりと肉を頬張るリツコの姿があった。


「烏賊も有るで、ブリかまも焼こうか?」

「魚には日本酒ね、たしか七洋酒造の―――」


 ここは滋賀県高嶋市、小さなバイクが走り回る田舎町。小さなオートバイは人と人を出会わせて繋ぎ、幸せを紡ぐ。


 十一月が過ぎて寒さが増すと高嶋市のバイクシーズンはそろそろおしまい。大島サイクルはシーズンオフのメンテナンスで入庫が多い時期に入る。

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