イケメン新婦と可憐な新郎②晶・腹をくくる

 仕事中は白バイ隊員の制服、通勤は男物のジャンパーにジーンズ。メイクを殆どせず、長身であることとあいまって男性と間違えられる晶だが、家に帰って部屋着のスウェットに着替えると女性らしく見えるようになる。


「今日ね、『タキシード姿を期待してる』って言われちゃった」

「僕も『ウエディングドレス姿が楽しみ』って言われたよ」


 その日の出来事を話しながらの夕食。幸いな事に新居である『メゾン・ド・アドガワⅡ』は趣味人が楽器の演奏をしたりバイクやクルマいじりで多少の音を出しても周囲に迷惑がかからない防音対策バッチリのアパートだ。


「なんか今都の暴走族が壊滅したんだって。ここだけの話なんだけど、おばちゃん一人にやっつけられたんだって。これがその動画」

「うわっ! ん~? このおばさんどこかで見たような気がするなぁ」


 豚骨やパン作りをしてもご近所に迷惑がかからない防音仕様のキッチンは多少の笑い声や大声での会話をしても問題ない。もちろん寝室も防音であることは言うまでもない。


「晶ちゃん、お野菜も食べないとダメだよ」

「薫さんこそ、お肉を食べないと」


 二人とも体が資本の仕事だけあって良く食べる。よく話しよく笑い大いに食べ、あっという間に鍋の中身は減り、具材を追加しては煮込んで食べるを繰り返す。それを三回繰り返して投入する具材が無くなったところで締めになった。


「おじやは任せて」

「よろしく」


 鍋にご飯が投入され、しばらくして投入されたご飯が出汁を八割方吸い込んだ時、晶は鍋の蓋を開けて溶き卵を投入して再び蓋を閉めた。


「ねぇ薫さん?」

「なぁに?」


 晶には少しだけ心配事が有った。それは結婚式で着る衣装の事だった。


「私の衣装なんだけど、本当にプランナーさんが勧めてくれた衣装で良いの?」


 ウェデイングドレスは良いとして、問題は靴だ。スタイルをよく見せる為の日―tるの高い靴を履くのだが、問題は新郎である薫との慎重さがあまりにも大きすぎることだ。晶の身長は女性にしては高い百七十五センチ超、対して小柄な薫の身長は百五十センチ少々しかない。そこへ十センチ近いハイヒールを組み合わせれば慎重さは約三十センチになる。


「いいよ、結婚式は新婦が主役。僕は晶ちゃんのおまけ」

「じゃあ、それはそれでOKとして、お色直しなんだけど……」


 微笑んで答える薫に萌えつつ、晶はおじやをかき混ぜた。半熟になった卵が出汁を吸ったご飯と混ざり合う。


「はい、出来たっと」

「晶ちゃんがお料理上手で良かったよ」


 二人は熱々のおじやをフーフーと冷ましながら一杯・二杯と食べすすめ、更にデザートも食べようかと会話をしていると「それはさておき」と薫がお色直しの衣装について話を切り出した。


「僕はね、結婚式は自分たちが楽しむだけじゃないと思うんだ。祝ってくれる友達や親戚、職場の同僚も楽しんでもらわなきゃと思う。だからウェデイングドレスでもチャイナドレスでも着ようと思うし、なんならウィッグも付けるしヒールも履くよ」


 その時、晶の脳裏に白いドレス姿の薫と、薫を抱きかかえる白いタキシード姿の自分が思い浮かんだ。


「だからさ、晶ちゃんも気持ちを切り替えて違う自分を演じちゃえばいいんだよ。『男と間違えられる』って思うんじゃなくって、『男を演じる』くらいの気持ちでさ……あ、アイスクリーム買っておいたけど食べる?」

「食べるぅ」


 熱いものを食べて火照った体にアイスクリームの冷たさと甘さが浸み込む。


「僕はノリノリでやってるけどね、ほら見て、つるんつるん」


 薫が綿パンの裾を捲りあげるとツルツルの脛が現れた。続いて「こっちもだよ」と腕まくりをするとこちらも脱毛されてツルンツルンになっている。職人ならではの引き締まった腕だが、力さえ入れなければ女性の腕に見えなくもない。

 

「一生に一度の晴れ舞台、みんなの期待に答えつつ僕たちも目いっぱい楽しむ。それが僕たちの結婚式だ……と思うんだけど、どうかな?」


 微笑む薫に萌えた晶は「薫さんが嫌じゃないならOK」と答えた。


◆        ◆        ◆


 ドレンプラグを外した途端に流れ落ちる濃い茶に変色したエンジンオイル。普通のユーザーならよくあるが、バイクのプロである晶には珍しい事だ。汚れたオイルと共に出てくるのは店主である大島の小言だ。


「忙しいのは解るけどな、オイル交換はきっちりせんと(カブが)壊れるで」


 仕事が忙しかったりブライダルエステの通ったり、充実しすぎた日々を過ごした晶のスーパーカブはオイル交換を忘れられていた。それでも走るのだからスーパーカブは大したものだが、やはり車体には良くない。


「公私ともに忙しくって、でもいよいよ本番だよ」

「そうか、やっとやね」


 ジューンブライドだったはずが新型肺炎騒動で延びに延びて十一月の挙式。当然だが新婚旅行も延期となり、ハワイ旅行のはずがヨーロッパ旅行に。籍も入れていない。予定通りに行ったのは新居への引っ越しと同居くらいだ。


「本当はおじさん達に仲人をして貰いたかったんだけど」


 本当なら二人の友人でありバイクの世話を頼んでいる大島夫妻に仲人を依頼するところだが、世の中には好んで仲人を引き受ける人種が居るらしい。

 

「なぁに、バイク屋のおっさんより偉いさんの方が箔がつくやろ? その代わりと言ったら何やけど、俺は二人の姿が楽しみで仕方がないわ。リツコさんも楽しみにしてるで」


 友人や同僚が喜んでくれるなら、男でも何でも演じてやると決意する晶だった。

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