　パインッ！　パインッ！　パンパンパン！

　マフラーが詰まっているならマフラーを外せばエンジンが元気に動くだろうとセルを回した途端にジャイロXはとんでもない音を立てて白煙を吐いた。

「あ～うるさっ！　やっぱりマフラーかっ！」

　混合気にオイルを混ぜて燃料と共に燃やしてエンジンを潤滑するツーストロークエンジン。構造が簡単でパワーを出しやすい為、一昔前はミニバイクからレーサレプリカまで比較的多くの車種に採用されていた。対してスーパーカブやモンキーで長々使われ倒したフォーストロークエンジンは構造が複雑でパワーを出し辛い。

「ツーストエンジンのマフラー詰まりは仕方が無いな」

　じゃあ軽くてパワーが出るツーストロークエンジンにすればいいじゃないかとなるのだが、悲しいかなツーストロークエンジンはバルブ機構を持たず、燃焼後の排気ガスを新しい混合気で押し出す構造上どうしても未燃焼の混合気が排気ガスに混入してしまう。未燃焼の混合気はHC（ハイドロカーボン）と呼ばれる排気ガス中の有害な成分である。厳しくなった排気ガス規制を突破できなかったのだ。

「油汚れの洗剤で落ちるやろか？」

　ツーストロークエンジンの排気ガスには有害成分以外にエンジン内部の潤滑で使われたオイル分も含まれている。今の若者は見たことが無いかもしれないが、刈り払い機やチェーンソーは白い煙を吐いて動いている。あれの大部分が潤滑油だ。

「パワーは有るけど手が汚れるんやなぁ」

　ツーストロークエンジンはオイルを燃やして潤滑するの。フォーストロークエンジンに比べて圧倒的に排気ガス中の油分が多い。油分に煤が付き排気管内の通路を詰まらせる、これがツーストロークエンジンの弱点だ。

「ツーストを嫌ったホンダ創始者の気持ちがわかるわ……ん？」

　スーパーカブでもマフラーは詰まるが、それは蜂が巣を作ったりオイル消費大を放置したりの場合がほとんどだ。普通のメンテナンスをしていれば滅多な事でマフラーは詰まらない。以前修理した玉垣のおっちゃんのカブなんか八万キロも走ったのにマフラーはそれほど詰まっていなかった。やはりカブは偉いのだ。

「マフラー詰まりにしても重いぞ？　何やこりゃ？」

　外したマフラーを振ると中から微かにジャラジャラと何かを転がすような音が聞こえる。サンダーでぶった切って中を確認したい気がするが油が付着しているだけあって燃える可能性がある。無駄かもしれないが出口に栓をして少し薄めた油汚れを落とす洗剤をマフラーに注ぎ込んだ。複雑なマフラー内部に行きわたる様に角度を変えて空気を抜き、空気を抜いては洗剤を入れるを繰り返す。

「何かが入ってる」

　マフラーを振ると中で何かがコツコツと音を立てている。恐らくパチンコ玉かビー玉でも入れられたのだろう。せっかく高村ボデーで作ってもらったマフラーだが、マフラーを切開して中を掃除して異物を取り除いて再び溶接して穴を塞ぐなんて手間をかけるくらいなら交換してしまう方が良いだろう。洗剤が無駄になったかもしれないが、どれほど油汚れが落ちるか興味があるので実験と思う事にしよう。説明書きには『バイクのマフラーには使えません』と書いていなかった。台所洗剤をバイク修理に使うなんて邪道かもしれないが、見せて貰おうか『油汚れを浮かせて落す』とやらを。

「ん～っと、ネットでマフラーを見かけた気がするなぁ」

　幸いなことにネットオークションで前期・中期型用マフラーが出品されていたから買うことにした。値段は送料込みで約二万円、新型肺炎で売れ行きが落ち込んだところに痛い出費だ。ネットを見ていたらジャイロX用LEDヘッドライトも出ていた。出品者に全年式に使えるか質問したら『2スト車なら全年式で使用可能です』と返事が来た。手ごろな値段なので三台分購入した。ジャイロ以外で使えればラッキー、使えなければ予備部品として使おう。

「カウルを外すついでにメーターの照明もLEDにしてしまおう」

　バイク用のLEDは交流用とか直流用とかややこしいみたいだが、とりあえずウェッジ球なんでホームセンターで売っているLED電球に変えてみようかと思う。使えなければ車に付ければよいし、使えればラッキー位に思う事としよう。幸いなことに安曇河町はホームセンターとカー用品店に困らない街だ。パーツリストによればウェッジ球は五個有れば良い。明るさの基準がよく解らないが、似た用途の物を買えば間違いないだろう。

　パーツリストで必要な電球やLED電球について調べる合間にマフラーを揺すって洗剤を撹拌させる。マフラー内でぶつかり合う何かの音が徐々に澄んだ音へ変ってゆく。どうやら内部に溜まったタール状のオイルが溶けている様だ。マフラー焼きは消防へ通報されたりご近所に迷惑をかけたりする。これで掃除が出来るなら、今後は台所の油汚れ洗剤を使うことにしよう。