少し未来のお話・新型肺炎騒動から二十数年後(2)

 晶おば様は新高嶋署の白バイ隊員の指導へ来たついでにアルバムを持ってきたんやって。せっかく来たのだからと楓ちゃんの修行先に挨拶に行ったり有給の消化を兼ねて我が家に一週間泊まることになりましたとさ。


「あいつら世代はよく呑みやがる」

「良いんと違う? 久しぶりやしおば様も疲れがたまってるみたいやし」


 おかげで私は避難生活を継続中。今夜も楓ちゃんの部屋で寝ることになった。年頃の男女が同じ部屋に寝させるなんて二人とも何を考えているのかと思う。おば様は「レイちゃんだったら『お義母さん』って呼ばれるようになってもいいよ♡」とか言ってた。お母さんは「きちんと付けなきゃ駄目、まだお祖母ちゃんって呼ばれたくないよ!」とか言っておば様と一緒に大爆笑してた。おばさんになるとド下ネタを平気で言うから困る。


「ごめんね、下品なこと言っちゃって」

「かまへん、楓ちゃんやったら押し倒されても訴えへん」


 そんなことしないと思ってるからの冗談であって、普通の男の人には言えないセリフだ。つまらない冗談を言いながら今夜もアルバム鑑賞。


「小っちゃいレイちゃんと赤ちゃんの僕だ」

「たしか、私が弟が欲しいって駄々をこねたんだっけ?」


 新型肺炎騒動の時、私は生まれて数か月の赤ちゃんだった。晶ちゃんはその三年後に生まれた。おじ様たちは仕事が忙しかったり日曜出勤だったり。お母さんはお母さんで学校の移転話が出始めた時期で忙しく、父と志麻さんばあばが私と楓ちゃんのお守りをしてくれた。


「それにしても若い頃の母さんはイケメンだな」

「ウチのお母さんが告るのも仕方ないわ」


 晶おば様は若い頃、眼力で女性を操作する特殊スキルを使えたそうだ。お父さんは「アレが『チート』ってやつかなぁ……神さんが間違えて女の子にしたんやなぁ」って言ってた(笑) もしも男女問わず有効だったらおば様はモテモテだったのに、おば様のスキルは女性にしか効かなかったみたい。


「楓ちゃんもおば様みたいにチートって使える?」


 今でも新高嶋署のベテラン婦警の間で晶おば様の名前が出るとドンペリコールが始まると噂を聞いたことがある。お父さんに知り合いの刑事さんは「葛城はとんでもないものを盗んでいきました……婦警の『心』です」って言ってた。どこかの泥棒じゃあるまいし。


「見た目はともかく僕は眼力や魅了のスキルは無いね」


 楓ちゃんがウインクしたけどドキドキしない。可愛いとは思う。


「確かにおば様程のオーラは無いなぁ」


 それにしても楓ちゃんって晶おば様に似てるのに、一緒に居ても虜になるとか魅了されるとかが無い。見た目はおば様だけど、なんて言うか可愛いのだ。ギュッと抱きしめたくなるくらいに愛らしいというか何といえばいいのか。


「なぁ楓ちゃん、彼女が欲しいとか思ったことはないん?」


 私が質問すると楓ちゃんは腕を組んで「う~ん」と唸りだした。いや、そこまで悩まんでもいいんじゃない? 


「ん~っと、周りに魅力的なが居なかったから?」

「ふーん、そうなんや」


 じゃあいっその事私と付き合っちゃうのはどうだろう? 自分で言うのも何だけど、見た目麗しくてスタイルもまぁまぁ。お母さんと違って料理もできる。小さい頃に一緒に遊んでいた幼馴染となればお付き合いしても問題ないかも。


「さて、そんなレイお姉さまから優良物件のご紹介です」

「おおっと、さすが不動産屋勤務」


 そんなのは言い訳だ。私は楓ちゃんを放っておけない。誰かに取られたくない。年上の私から付き合ってくださいなんて言うのは何だか恥ずかしいし主導権を取られそうでいやだ。それとなく聞いてみようかな?


「ねぇ楓ちゃん、年上の女は嫌い?」


 意を決した私が訪ねると楓ちゃんは予想外の答えを返してきた。


「ちょっと無理かな……」と。


 ◆        ◆        ◆


 私なりに告白したつもりだったけど、楓ちゃんは無理だと答えた。今まで好きな男の子は居たし、告白したこともあったけど断られた。原因は全部お父さん。なにせ藤樹商店街のカミナリ親父として有名なオッサンの娘と付き合ったりすればバイク取扱い各店に連絡されてバイク通学を出来なくされると妙な噂が立ったからだ。いや、噂じゃなくて本当だったけど(汗) 過去の玉砕はともかく、今回みたいにストレートに断られたのは初めてだ。それもこれもお酒を飲んだ時のアレ(すっぽんぽん事件)が原因だ。つまり私が悪い。


「ええい、お昼ごはんだっ!」


 今日の私は機嫌が悪い。それもこれも全部楓のせいだ。幼馴染の年上美女が恥じらいながら(遠回りやったけど!)告白したのに『無理』とは何て断り方だ。まぁいい、お昼ご飯を食べながら楓ちゃんに借りたアルバムを見よう。イケメン(※晶の事です)の写真を見ながら食べる昼食は良いものだ。


「楓め、またバゲットサンドなんか入れやがって」


 楓ちゃん特製バゲットサンドはとにかくお洒落。お父さんの教えてくれたお弁当とは大違いだ。同じ男の人が作った食事なのにどうしてここまで違うんだろう。料理が出来る男って良いなと思うのは遺伝だろうか? まったくと言っていいほど料理が出来なかった母は餌付けされた猫みたいに父の元に住み着いて現在に至る。胃袋をつかんで落とすのは女だけの武器ではないのだ。


「サーモンとか生ハムとか卵とかレタスとか……お洒落さんめっ!」


 サーモンと一緒に挟まれた玉ねぎのマリネが嬉しい不意打ち、王道の卵にはマヨネーズが合わさり黒こしょうがパンチを加える。ハムサンドは惜しまず使われた生ハムと脇を固めたレタスの歯触りが私を恍惚とさせる。それらを受け止めるバゲットは濃厚な小麦の風味とドッシリとした歯ごたえ。食べごたえ満点だ。私もバゲットサンドはたま~に作るけど、ここまで上手に作れない。


「お父さんが言ってたなぁ『餅は餅屋』って」


 父はバイクの塗装を出来ないわけじゃなかったけれど、塗装は素人で基本的に外注に出していた。スクーターも軽い整備はしていたけれどクランクケースまで割る場合は同じく外注に出していた。私もお料理はするけれど家庭料理ばかり。プロが作る料理とは根本的に違う。


「しっかり噛んで満腹感か、さすがプロ。やるな楓ちゃん」


 修行中とはいえパン屋さんである楓ちゃんが作ったバゲットサンドは父のサンドイッチより豪華で料理らしく、満腹感もあった。塗装や料理はプロが作業すると一味もふた味も違うのだと改めて思った。


「こんにちは」


 バゲットサンドを食べ終えて食後のコーヒーを飲んでいると事務所の勝手口が開いた。入ってきたのは四十代中ほどの上品な女性。


「あ、奥様」

「あら、レイちゃんお留守番? うちの人来てない?」


 億田会長夫人だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る