プライベーター

 部品を手配して自分で修理する者は『プライベーター』と呼ばれる。商売抜きで愛車の修理やチューニングに取り組む人たちだ。業者に頼まない分の費用を愛車の部品代に使えるのは良いが、失敗して痛い目に会ったりもする。安く直るか失敗して高くつくかは自分の腕次第だ。ホンダ横型エンジンは弄りやすい事や搭載車種の多さ、そしてエンジン単体の中古が多く出回っている事も有って自分で修理するプライベーターが特に多い。四輪の日産L型もしくはA型エンジンみたいなものだろう。


「カブのガスケットとオイルシール、あとはジャイロの部品は来た。ベアリングはメーカー欠品やから今月末な」

「サンキュー、とりあえずカブから(修理に)かかるわ」


 今回部品を注文したこの男は中島。元々はクルマ好きで機械いじりが好き。知識と経験、あと工具を持つ元自動車整備士だ。ボロバイクを買っては直し、直してしばらく乗ってから車両代プラス部品代と同じくらいの値段で手放す。修理が趣味のプライベーターだ。ウチで作業すると割に合わないボロバイクを引き取る客の一人でもある。


「俺が言うのもなんやけど、バイクを直してばっかりやと飽きんか?」


 仕事でバイクを修理している俺だって作業が嫌になる事はある。修理したバイクを手放したくないと思う日も有る。ところがこいつは貴重な休日をバイク弄りに費やしているのだ。バイクを弄っては直し、直したバイクが走り出したと思ったら売って次のバイクを買う資金にする。まるで仕事ではないか。


「飽きんねぇ、どのバイクからもストーリーが感じられるからなぁ」


 ニヤリとして答える辺りがマニアらしいと思う。興味の無い者からすればバカみたいに思うだろうが、趣味の世界なんてそんな物であろう。中島が言うには中古のバイクには歴代オーナーの思い出や癖がミルフィーユの様に幾重にも重なっていて、それを一層ずつ剥がして修理するのが面白いのだとか。


「ストーリー以外に錆や泥、あとは塗装やパテも重なってる事も有るけどな」

「錆びがル〇ンド状態になってる奴な、わかる」


 ロングセラーのお菓子ブル〇ンルマ〇ドをご存知だろうか? 志麻さんが好きなお菓子なんだが、厚い鉄板が錆びるとあんな感じになるのだ。ご存知ない方はアップルパイを想像してくださいってな。


「まぁウチはエエけどよ、体に気を付けぇよ。お前は持病持ちなんやからな」

「わかってる」


 こいつはトイレが近いとかで連続して作業できるのは二時間くらいらしい。そして食後二時間あたりに集中力や判断力が低下する傾向にあるのだとか。


「作業に集中して時間を忘れた頃にミスるやろ? オイルラインのOリングを入れ忘れたりしたやろ? ヘッドガスケットは再使用するなよ」

「わかってるって」


 なかなか難儀な病気になったものだ。それでも食事制限と強い気持ちで病気を押さえているらしい。だが駄目になった部分もいくつか有るらしい。人間は『目・歯・マラの順で弱る』と先代が言っていたが、こいつの病気も目や歯に来るらしい。


「体をやられてつもんもたんからな、女を抱けん分はバイクを愛するんや」

「そこまで(病気が)進んでたんか、なおさら気を付けんとな」


「いや、目と歯は大丈夫やけど最後の奴だけアウトでな」


 中島の家には母屋と別にバイク関係の物を保管する物置がある。休日に物置の前でバイクを弄っているのが風景の一部になっているのだとか。まるで映画『最速のインディアン』のバート・マンローみたいだ。


「今回は三万円オーバーか、女遊びよりも金がかかる趣味やな」

「お風呂屋さんよりは安いぞ?」


 部品代は合計で三万円を超えた。新型肺炎騒動で来客が少ない今、全部が全部では無いが当店の貴重な利益になる。どれくらい儲かるかは言えんけど、まぁ……内緒だ。


「部品は残るけど女遊びは何も残らん。俺はオッパイの代わりにバイクを触る」


 可哀想に、病気は脳にも及んだらしい。


◆        ◆        ◆


 今日も新型肺炎の影響か来客は少なめ。


「志麻さん、レイの様子はどうですか?」

「もう元気すぎるくらい元気、ね~」

「きゃいっ!」


 生後五か月を過ぎたレイは元気一杯。体の成長は緩やかになった気がするけれど、寝返りを打とうとしたり、触れる物を求めるように掴もうとしたり好奇心いっぱいだ。リツコさんは「元気が有れば何でも出来るわよっ♡」と言っていたが、やはり元気が一番だと思う。仕事の合間に我が子を見ていると心が安らぐ。


「どう見てもリツコさん似やな」

「そうどすなぁ」


 志麻さんも言う通り、レイはリツコさんに似た様だ。耳は俺に似てる気がしないでもないが、全体的にリツコさんだ。外見が似るのは大いに結構。


「料理下手は似ないでほしい……」

「そこは教え方次第、な~レイちゃん」

「うきゃっ!」


 新型肺炎の事も有ってあまりお客さんとは会っていないが、これだけ可愛らしければ間違いなく看板娘となるだろう。親バカですが何か?


「お父ちゃんは君が大人になって旅立つその朝に、世にも素敵な女性になっているように花嫁養成ギブスという名前の面倒なハードルになりますぞ。さぁ、その為にも仕事仕事っと、志麻さんレイの事をお願いしますね」

「ばあばとテレビを見ましょうね~」

「にゃっ!」


 来客が少ない事も有ってチョコチョコとレイの様子を見に行けるのは良い。問題は売上だが、まぁこれは焦っても仕方がないだろう。噂によれば、教習所は今まで通えなかった二年生とこの春に申請をした新入生が通い始めて予約で一杯らしい。となれば免許を取った学生たちが通学用のバイクを求めて来る日も遠くない。時間が有ったから車体は用意できている。あとは待つだけだ。


「さて、次は何を修理するかな」


 時間があるうちにジャイロを直そうか、それともフレームが腐ったカブのフレーム移植をしようか。忙しい時は出来ない事を片付けておきたい。


「おい、チョット来いや」


 どのバイクを直そうか考えていたらお客さんだ……と思う。いや、客じゃないな。見るからに嫌な雰囲気が漂う奴だ。男なのに長髪を後ろで縛っているのが腹立つ。禿げてる俺に喧嘩を売っている様な髪型だ。いや、俺は禿げてない。禿げかけてるだけや。


「はい、いらっしゃい」

「この太いタイヤのバイクが欲しいんやけどよぅ、安くなんね?」


 海外製のバイクをリメイクしたスズキバンバン似のバイクを見に来たらしい。それにしても『チョット来いや』とは客とはいえ態度がよろしくない。


「ん~っと、多少やったら相談に応じるで」

「じゃあ二万!」

 

 正直言わせてもらうとこいつには売りたくない。そもそも二万円も値引きしたら工賃、つまり俺の取り分が無くなる。無理だと答えたらこのお客さん、「二万円まけるんじゃなくて二万円にしろ」と来たもんだ。部品代どころか大赤字になる。


「あのなぁ、ウチは二万円で売れる様なバイクに十万以上(利益を)乗せるようなボッタクリやないんよ、悪いけど他をあたってくれる?」

「んだっとゴルァ!」


 細っこい割に威勢の良い若者だ。まったく、この町も物騒になったもんだ。


「だから、世の中舐めたよーな事を言うなら帰れと言ってる」

「んっッどゴラ!」


 パカンッ!


「はうあっ!」


 若者が俺に掴みかかったその時、店内に風が吹いた。


「これ! お嬢ちゃんが起きてしもたがな!」


 若者の頭にお玉が振りおろされて愉快な音を立てた。大泣きするレイを負ぶった志麻さんだ。御年なのに動きが速い。しかも気配を感じなかった。このおばさんは何者なんだろう? 若者は抗議の声を上げようとするが、志麻さんのお玉攻撃は収まらない。


「うっさいババ……」


 パカンッ!


「ごめんなさいマジ辞めて!」


 パカンッ!


「痛い痛い! もう帰りますからって……お玉痛いっ! 地味に痛いっ!」

「うるさい、人を舐め腐ってからにこのガキはっ! 一回痛い目に会えっ!」


 パカンパカンと若者の頭に容赦なくお玉が振り下ろされ続けた。


「やり返す気も起らんくらいにボコボコにしたる……覚悟しいやっ」


 志麻さんのお玉攻撃は続き、終いに若者は「お玉怖いっ!」と叫びながら逃げて行った。今後は味噌汁をよそう度にお玉で叩かれた記憶がよみがえって苦しむ事だろう。


「あ~あ、一生汁物を食べられへんで」

「フンッ! つまらんものを叩いてしまった……」


 ヒュンとお玉を振り回してキメポーズをする志麻さんの背中でレイは大喜び。将来が少し心配になってきた。気合を入れて大和撫子に育てなければ……。

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