90万PV達成記念 少し未来のお話 浅井家の長男
少し未来のお話・下宿人
季節は廻り桜の花が咲きほこる新高嶋市。リツコさんはパソコンの画面を見ています。若々しく見える彼女も四捨五入すれば六十の大台に乗るお年頃。一見知的な眼鏡姿ですが、老眼鏡だったりします。それでも見た目は三十路と言われても通りそう(と答えないと叱られます)です。
(あ~、お化粧をした私を見てレイがギャン泣きしたんだっけ)
パソコンにはレイが生まれて初めて撮った家族の画像が写っています。レイを抱っこした中は泣き止まそうとオロオロ、そんな中とレイを泣き止まそうとするリツコ、そしてそんなリツコの顔を見て大泣きする幼き日のレイ。幸せそうな家族写真です。
(あの年は新型肺炎で大騒ぎだったんだっけ……)
新型肺炎で大騒ぎになった二〇二〇年。オリンピックが延期になった大騒ぎの年でした。幸いな事に大島家は誰も新型肺炎に感染しませんでした。大島サイクルに隣接されていた家屋は隙間だらけで換気が良く、中やリツコも外出を控えていたからでしょう。リツコが育児休暇を取っていたのが幸いしたのかもしれません。
(私の思い出も歴史の教科書に載る時代になったか……ハッ!)
昔を懐かしんでいるリツコさんを背後から誰かが抱きしめました。
「久しぶり、前から可愛かったけど、大人になってキレイになったね」
「あら、そうかしら?」
ちなみにリツコさんはずっと前から大人です。あと数年で三回目の成人式です。リツコさんを抱きしめている青年は人違いをしている様です。恐らくレイと間違えているのでしょう。
「背中が『寂しい』って言ってる……おじさんが亡くなって三年も経つのに」
「そうね、三年経っても寂しいな」
中が亡くなって三年が経ちました。最初の一年は中の事を思い出しては泣いていたリツコさんですが、二年経った頃には「中さんの直したバイクを乗るのが供養」と言ってリトルカブやミントを乗り回し、ジャイロXは乗り潰しました。
「慰めてあげようか……」
「あら、口説いてるつもり? でも駄目よ、私を口説いたら……」
その時、燃える闘魂を纏ってレイが居間に入って来ました。母を抱きしめる青年を見てお怒りモードです。ちなみにBGMはターミネーターのテーマが合うと思います。
「楓君、あなた、レイのお義父さんになっちゃうわ」
「げ! レイちゃんじゃ無かったの!」
「ゴルアァァァ! 楓っ! 何やってやがる!」
リツコさんとレイの後ろ姿はそっくりです。前から見れば体形の崩れから違いがわかるのですが、それを言えばリツコさんが泣いちゃうので言わない様にしましょう。
「間違うんじゃねぇよっ! それと、アンタ電車で来るんと違ごたんか? 何やあの軽トラックと荷台に積んだスーパーカブは!」
「や、久しぶり。車庫が空いてるって聞いたから乗って来ちゃった」
楓が乗って来たのはトランスポーターとして若者に人気の軽トラックです。レイは「シャッターの鍵を開けるから入れちゃって!」と言って、ズンズンと足音を立ててガレージに向かいました。なかなか賑やかな新年度のスタートです。
「楓君、私はダメだけど、あの子なら口説いてもいいわよ」
「母親がそんな事を言いますか、普通」
とんでもない母親ですが、これはリツコさんが自身が行き遅れ気味だったことからの発言です。ちなみにリツコさんの初体験は三十歳でした。遅い方ですね。
「怒るって事は脈はあるわ、歳上が嫌じゃなきゃだけど」
「嫌じゃないですけどね。やれやれ、大人になってもレイちゃんはレイちゃんか……」
ちなみにこの楓君は幼いころ、レイに家来代わりにされたりしています。どうやら母と後輩の様子を見て『弟=舎弟』と思った様です。レイちゃんはとんでもないお子様でしたね。善いも悪いも親に似るんですねぇ。
◆ ◆ ◆
専門学校を卒業した僕は「外で修業をして来い」と言われて、父が若い頃にお世話になった『パン・ゴール』で修業させてもらう事になりました。
「新高嶋市安曇河町か、アパートはどうしよう?」
「そっちは用意したから安心しなさい」
「ちょっと離れてるけど、隣町の高嶋町に母さんのお友達が居るから。リツコちゃんの今のお家ってレイは行った事が無いよね?」
「あ~リツコおばちゃんか、高嶋町に居るんだっけ?」
リツコおばさんはおじさんが亡くなる少し前に引っ越しをしたと聞いていました。僕が知っているのはバイク屋さんの裏にあった家です。
「リツコちゃんのお家で下宿させてもらう様に段取りしといたからね」
「キレイなおばちゃんだったよね」
美人母娘で有名だった大島家、不思議な事に美人のおばさんは、ごく普通のオッサンだったおじさんにベタ惚れでした。おじさんは料理上手で「楓君、台所に立つ男はもてるぞ」って言ってました。おばさんはおじさんの料理に惹かれて転がり込んだとか。
「滋賀県立高嶋高校へバイクで通う美人母娘って有名だったのよ? ちなみに母さんは『高嶋署の白き鷹』って呼ばれてたのよ」
「ふ~ん、その頃は知らんけど」
レイちゃんは美人なのに彼氏が出来なかったみたいです。多分ですが、おじさんが睨みを利かせていたからだと思います。怒ると拳骨が飛んでくるんですよ、親が警察官だったとしても容赦無しでした。
「あ~っと、リツコちゃんに『おばちゃん』って言わないようにね」
「そうやね、おばちゃん扱いを嫌がる人やったもんね。レイちゃんも居るの?」
両親が共働きだったので、放課後や休日は大島家でお世話になる事が多かったのです。おじさんにはバイクの事を教えてもらったり、悪さをして叱られたりしました。そして、一緒に居たレイちゃんは良くも悪くも僕を弟のように扱ってくれました。幼い頃の僕にとってレイちゃんはお姉さんみたいな存在でした。レイちゃんが中学に入ってからは合う機会が減り、母さんたちはたまに会っていたみたいですが、僕は大津市へ引っ越してからは何年も会っていません。
「そりゃ居るでしょ、じゃなきゃリツコちゃんは餓死一直線よ」
リツコおばちゃんは料理が壊滅的に下手です。しかもコンビニのお弁当が続くと体調を壊してしまう面倒くさい人です。
「レイちゃんか……キレイになってるだろうなぁ」
「若い頃のリツコちゃんソックリよ、中身はおじさんだけど……」
◆ ◆ ◆
荷物をガレージの二階にある部屋へ移し終えて、手土産代わりに焼いて来たパンを食べながらコーヒーブレイクです。
「……てなわけでヨロシク」
「「私たちそんな事言われてるのっ!」」
母さんとの会話をそのまま伝えたら二人ともショックだったみたいです。
「見た目は母さんソックリやのに中身はお父さん、そりゃ彼氏も勉強も出来んわな」
「う~ん、確かにレイちゃんが居ないとご飯が……」
おじさんが亡くなってから、ご飯はレイちゃんが主に作っているそうです。おばさ……リツコさんが作るとカレーばかりになるんだとか。
「母さんはシチューとか肉じゃがは作れるんやけど、失敗したり焦がしたりしてルーをブッ込むからカレーになるんや」
「お父さんが『困った時はカレールーをブッ込めば食える』って教えてくれたのよ」
「だから、楓君もお料理をお願いねっ♡」
リツコさんはお料理が苦手なんで、僕とレイちゃんが当番制で作る事になりました。レイちゃん曰く「母さんに料理をさせるとフードロス」だそうです。
「「最初はグ~! ジャンケン!ポン!」」
レイちゃんはジャンケンが強かったのを思い出しました。ちなみに『最初はグ―』は令和初期に亡くなったコメディアンが考えたそうです。
「ニヒヒヒヒ……これで楽が出来る~」
「土日以外は殆ど僕の当番やん」
これから始まる僕の新生活、美女二人との暮らしですが、ハーレムとは程遠いようです。
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