少し未来のお話・数年ぶりの男手
子供の頃は何とも思わなかったけれど、リツコさんは駄目な大人だと思う。おじさんが生きていた頃に甘えまくっていたりご飯を作ってもらったり、日曜日には縁側で酔っぱらって寝ているのを見ていたけど、大人になって改めて見ると典型的なポンコツヒロインに見える。もうヒロインって歳じゃない気もするけど。
「楓ちゃん! 母さんを引っ剥がしてっ!」
「にゃうぅ~! まだ片付けないでぇ~!」
「レイちゃん! 引っ剥がすよっ! せーのっ!」
リツコさんは華奢な体のくせに力が半端ない。人間って必死になると力が出るんだなぁ。
「いやぁぁぁぁあ! 私のコタツぅ~!」
「うるさい! 楓ちゃん! 母さんをホールドしておいて!」
「わかった!」
予防接種に連れて行かれる猫みたいにジタバタするリツコさんだったけど、ギュッと抱きしめたらおとなしくなった。
「にゃうぅ~、きゅぅぅ~」
「……ったく、毎年毎年手間を取らせやがって。お父さんが苦労するはずやわ」
「リツコさん、諦めてください」
腕の中でリツコさんは「諦めるぅ」と未練たらたらの声で答えた。
幸いな事に僕たち三人は花粉症ではない。コタツ布団と敷物はガレージ屋上にある物干し台にかけた。軽くポンポンと叩くと驚くほど埃が出た。
「いつもやったらクリーニングに出すけど、今回はコインランドリーに出そうかなぁ」
「買い物にも行くし、運転手は引き受けた」
おじさんが亡くなってからの大島家は力仕事担当が居らず、毛布やコタツ布団などの洗濯でお金がかかっていたそうだ。
「特にコタツ布団は大変、毎年母さんがふて腐れて手伝ってくれへんの」
「何も言わずに縁側でビール飲んでるもんねぇ」
僕たちが屋上で話している間、リツコさんは何も言わず縁側でちーちくを齧りながらビールを飲んでいる。
「でも、今年は様子が変やなぁ」
「ふ~ん、よく解らんけど」
◆ ◆ ◆
「行ってきま~す」
「晩御飯のお買い物もしてきますね~」
レイと楓君がコタツ布団を抱えて出掛けて行った。今年はクリーニングではなくてコインランドリーで洗うみたい。男手があると何か荷物を運ぶ時に頼りになる。
「いってらっしゃい」
この三年間、我が家に無かった男手。そして、三年ぶりに男性にされた抱っこ。この前は上手くあしらったけれど、今回は感情を隠せない。
(ドキドキする……)
もうすぐ還暦なのに男に抱きしめられてドキドキするなんて、歳を取っても自分は女なんだと実感する。夫が亡くなって以来久しぶりの抱っこ。小さな頃にお風呂に入れた楓君が、まさかここまで晶ちゃんソックリになるとは思わなかった。
(晶ちゃんソックリで男なんて反則レベルね……)
楓君を見ていると若い頃の晶ちゃんを思い出す。女性にも拘らず高嶋市内の女性を虜にした美貌。中さんのお店に来た女子高生が失恋するのはお約束、お店を継いだ理恵ちゃん(本田理恵・旧姓白藤)も一目惚れしてた。私もその中の一人だ。
「ふむ……あの子たちは昔の私達とソックリ」
私と晶ちゃんは遊びに出掛ける事が在ったけど、女友達としてだった。いや、途中まではデート気分だったけど。そうそう、晶ちゃんが女性と知ってショックで酔っぱらったんだっけ。あの時、中さんと初めて一つ屋根の下で一夜を過ごしたんだった(※リツコは酔って暴れた)
「ま、男は顔だけじゃないけどね……チーちくの次は魚肉ソーセージっと……」
暖かな日差しの中で呑むビールは最高。だけど今日は少し苦い気がした。
◆ ◆ ◆
コタツを片付けられてふて腐れてお酒を飲むのは毎年のお約束。だけど今年は呑み過ぎだと思う。チーちくの空き袋に魚肉ソーセージのビニール、そして十数本の散らかったビールの空き缶。中心には空になった一升瓶を抱いて幸せそうに眠る母。なんかムカつく。
「一升瓶を放しやがれっと、楓ちゃん運んで」
「やれやれ、リツコさ~ん。運びますよ~」
こんな時に男手があると助かる。お父さんや楓ちゃんみたいに母をヒョイとお姫様抱っこするなんて私には出来ない。いつもはズルズル引きずってあちこちぶつけながら運んでいる。
「すご~い、楓ちゃん力持ち~」
「専門学校で鍛えたからね、パン職人は力仕事なんだよっと」
一度転がして運んだ事があるんだけど、酔った母は気分が悪くなって(以下略)……とにかく、酔っ払いを運ぶのは重労働なのだ。
「にゃう……中さん……抱っこ」
「親父さんの夢を見てるのかな?」
「仲良し夫婦やったからね。私が大きくなってからも(夜の)仲良ししてたし」
お姫様抱っこで運ばれている母は寝ぼけている様だ。楓ちゃんの首に腕を回して抱きつき、頬ずりをし始めた。
「親父さんにもこうやって(頬ずり)してたなぁ」
「そうやなぁ、何であんなオッサンに惚れたんやろうねぇ……」
奈良漬けみたいに酒臭い母を居間に転がして、私たちは遅めの昼食をとった。お昼ご飯はスーパーで買ったお寿司。母に食べるか聞いたけど、すっかり酔ってしまって起きない。当然だけど放置した。
「明るいうちからビールをキメやがって、良い身分やなぁ」
「おじさんが亡くなって寂しいんだよ。背中が『寂しい』って言ってる」
確かに横になっている母の背中は寂しさが滲んでいる。でも寂しがってるのは母だけじゃない。私だって寂しい……って言うか母を世話を手伝ってくれる人が居なくて困ってる。放っておけばお酒ばかり飲んでしまうし、お弁当のおかずにしようと思っていた食材を食べてしまう。現に今日だって冷蔵庫に隠しておいたちーちくと魚肉ソーセージが食べられている。夜中にお腹が空いて起きた母がウインナーを袋ごとレンジでチンして大爆発させたこともある。あれは掃除が大変だった。
「お母さんに手がかかるから私には彼氏が出来へんのやな、うん」
楓ちゃんが「話し方と性格がおじさんそっくりだからじゃない?」と笑った。何だかムカッとしたので、楓ちゃんが最後に食べようとしていたサーモンを取ってやった。
「あ~! 酷い!」
「うっさい、私を愚弄するからや」
サーモンは脂が乗っていて美味しかったです。
◆ ◆ ◆
半分寝ぼけていたけれど、やっぱりお姫様抱っこで運ばれるのは良い。中さんが元気な頃は当たり前だと思っていたけれど、この数年、酔った私を運ぶときのレイったら雑で仕方がない。一度転がされた事が有ったんだけど、リバ(略)って大変だった。それ以来引き摺って居間に運ばれてるんだと思う。酔って眠った翌朝は体中が痣だらけだ。乙女の柔肌が痣だらけだ。
(……ドキドキする)
もしかすると、私は友人の息子に恋をしてしまったのだろうか……。
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