2020年 4月 新年度スタート

真・令和二年 四月 一日

 令和二年四月一日。新年度が始まった。


「よっこいせっと、ゼファーにリトルカブ、ジャイロとミント。そしてジョルカブ。リツコさんはバイクにはモテるなぁ」

「ぎゃあぁぁぁぁん! ふやぁぁぁぁん!」

「レイちゃんどうしたの? 今日はご機嫌斜めねぇ」


 新年度恒例の記念写真を撮ろうとしているのだが、レイが泣きやまない。普段ならリツコさんに抱かれればご機嫌なのに、今日はリツコさんの顔を見た途端にギャン泣きし始めた。


「リツコさん、代わるわ。シャッターをお願い」


 リツコさんと代わって抱っこしたら泣き止んだ。やっぱり化粧が原因だ。

 

「どうしちゃったのかな? オッパイもオムツも大丈夫なのに」


 予定では四月から職場復帰するつもりだったリツコさんだが、まだまだレイは手がかかる。そこで五月の連休明けまで育児休暇を延長してもらうことになった。


「もしかしたら、ママのがお化粧をしたからかな? 化け猫リツコさ~ん」

「ハ~イ……って、フシャ~! 誰が化け猫よっ!」


 四月一杯で家政婦業を引退する高畑志麻さんが、五月からレイの乳母として来てくれる予定だ。リツコさんには仕事に向けて体を整えてもらう予定でいる。


「よ~し、撮るよ~」

「レイちゃん、笑って~」


 新年度初日の今日は家族三人そろって記念撮影だ。何が記念かと言われると難しいが、家族が健やかに新年度を迎えた記念としておこう。


「はい、チーズ」


 デジカメのタイマーをセットしてレイを抱いた俺の元へ駆け寄るリツコさん。パシャリとシャッター音が響いて撮影完了。デジカメは画像を確認できるのが良い。抱っこしたレイのお顔も良い感じだ。リツコさんの顔が少しふっくらしている気がするのは黙っておこう。


◆        ◆        ◆


 リツコさんの愛車たちを片付けて午前九時半から営業開始。新型肺炎の影響か来客はあまり無いが、納車のお客さんは居る。


キュキュキュ……プルンッペンペンペンペン……


 今日の納車は三台、まぁ一台はリツコさんが乗るミントやけどな。セルを軽く回すと軽快な音を立ててエンジンが目を覚ました。


「とうとう『スーパー駄バイク』が路上復帰やな」

「これはこれでいいのよっ♡」


 ヤマハミントは出産祝いで俺の友人たちが修理を手伝ってくれた原付スクーターだ。小回りが効くのと新車価格が安かったくらいしか長所が無い駄バイクを匠の技で修理した『なんという事でしょう』なスーパー駄バイクだ。廃車状態だったのが新車以上のクオリティになっているが、所詮ベースはおばちゃんの買い物スクーター。やはり駄バイクだ。


「チョッチ一回りして来るね」

「気を付けてな~」


 白煙を出して走り去るミントとリツコさんを見送り、俺はレイを背負って次のバイクの納車準備をする。久しぶりに納める新車は億田金融に納めるスーパーカブ一一〇だ。


(LEDライトにインジェクション。最初から全部揃ってる)


 昔のカブは『鉄カブ』と言うらしいが、鉄カブは追突されたらフレームと一体なフェンダーが歪んで板金屋のお世話になる。古い事もあって、板金するくらいなら買い換えてしまえとなる個体も多い。今度のカブはフレームとカバーが別なので破損しても交換できるのが良い。進化したのは車体だけじゃない。最初からギヤは四段になっているし、最近は免許も取りやすくなっているから、排気量一一〇㏄モデルを買えばボアアップの必要が無い。


(もう俺が手を入れる必要はないな……)


 そもそも五〇㏄モデルを買ってボアアップするより普通に一一〇㏄の奴を買うのが安上がりだ。鉄カブは五〇㏄モデルの割合が多くて中古車も五〇㏄ばかりだったから改造したのであって、新車で排気量の大きなモデルがあるなら、わざわざ改造するよりもそちらを買う方が良い。


ペンペンペンペン……


 近所を一周りしたリツコさんが帰ってきた。ハンドルにビニール袋が掛かっている所から察するに、大判焼きか鯛焼きでも買って来たのだろう。今津さんが来るまでの間、コーヒータイムとしよう。


◆        ◆        ◆


 コーヒーを飲んでいたら店先にカブが停まった。億田金融不動産部の今津さんだ。カブの調子は良いらしいが、今津さんは少しお疲れ気味。何やら億田金融が差し押さえた物件の資産価値が下がったのだとか。


「カブの調子は良いんですけどね、社長が『気分転換や』って乗り換える事になりまして。新車なんか乗らせてもらっていいんかなぁ?」


 金一郎が何を思って買い換えるのか解らないが、ウチとしては儲けになるからそれで良い。俺は新しいカブを触れるし、今津さんは新しいカブに乗れる。


「ええやないか、乗っとき乗っとき」

「ところで、奥さんはどうしてこっちをジッと見てるんですか?」


 新しいカブに乗ってみたいのだと言うと、今津さんは「気にせんで良いのに……どうぞ」と自分が乗るより先にリツコさんに乗らせようとしたが、やはり新車おろしは本来の乗り手にして欲しいので丁重にお断りした。


「じゃあ町内を回ってからって事で」

「にゃふ……よろしくねっ♡」


 町内を一回りした今津さんは「新車はイイですねぇ」と言ってリツコさんと交代。リツコさんも同じく町内を一回りして戻ってきた。


「新しいカブの感想は?」

「にゃふふっ♪ イイよね……イイけどね……」


 詳しい感想を言わないけれど、表情は微妙な笑顔。多分だけど、新型カブの進化を痛感しているのだろう。自分が乗るリトルカブと比べてあれこれ思っているに違いない。


「ま、良くも悪くも時代に合わせて進化したって事で。じゃあ、また」

「ありがとうございました。今後も御贔屓に」


 リツコさんからカブを受け取った今津さんは仕事に戻っていった。走り去る姿は新型になってもカブだ。


◆        ◆        ◆


 相変わらず来客は少ない。おかげで中古車の商品化が進むのは良いのだが、その中古車を買ってくれるお客さんが来なければ商売あがったりだ。とは言え、時間がある時にやっておかなければ、売れ出した時に困る。


「格安スクーターでも手入れはするんだね」

「バイクが壊れて遅刻したら洒落にならんからね」


 リツコさんと話をしながら仕事を進めているうちに夕方になった。仕事帰りに竹原君がご来店。ついでと言っては何だがリツコさんに報告する事が在るらしい。ジャイロXはどうやって持って帰るのかと思ったのだが、乗って帰るのだと言う。


「実はですね、彼女に送ってもらったんですよ」

「ほう、竹原君にも春が来たか」


 顔が怖い竹原君に彼女が出来るとは、何ともめでたい話だ。


「ほへ~、その顔で『彼女』ねぇ……」

「おお~、何だか先輩に似てますねぇ……」

「あう~」


 レイは化粧をしたリツコさんは怖いらしいが、竹原君は平気な様だ。そんなレイの様子を見たリツコさんが「竹ちゃんを怖がらないって事は、将来は私みたいになるね」と言うと、竹原君は心底嫌そうな顔で「それは悪夢ですねぇ」と言った。


 ここで営業時間は終了。せっかくなので、竹原君に晩御飯を食べてもらう事にした。彼女の話や新年度の高嶋高校の話など、いろいろ聞かせてもらおう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る