第431話 天ぷらナンバー③
携帯が鳴った数日後の定休日、六城君が軽トラックにヤマハミントを積んでやってきた。見ただけで分かる。金が掛かるって感じのオーラが半端ない。
「これを直すんか?」
「直りますかね?」
直らないバイクなど無い。だがバイクを直すには金が必要だ。部品代に作業料、そして時間。中古車で流す場合は車両代と修理代を足して更に利益を上乗せして売らなければならない。軽トラックに積んで持って来てくれたは良いが、どう考えてもヤマハミントの不動車は修理してまで甦らせる価値が無いと思う。
「六城君、これはゴミやな」
「事務の子が近場を移動するのに良いかと思ったんですよ」
俺は新車で売った事が無いのだが、ヤマハミントは当時国内の原付で一番安かったと聞いた事が在る。小さくて軽いから八割方女性ユーザーだったらしい。完璧におばちゃんの買い物バイクだ。今となってはメットインが無いし、荷台も小さいから買い物にも使えたもんじゃない。使うなら前カゴとトップケースは必須だ。悲しいかな前カゴとトップケースの方が車体より価値があるだろう。
「近場を移動なぁ、カゴが要るなぁ」
「メットインが無いんですよね、何年式やろ?」
「デビューは一九八六年らしいな」
六城君が荷台にラダーをかけて降ろしたが、下から見えない所が見えると余計にポンコツっぷりが際立つ。
「外装は缶スプレーで塗られてるなぁ、ひでぇ塗装やな」
「だから車名が解らなかったんですよ」
所々パステルカラーの塗装が見える。サフもミッチャクロンも吹かずに塗ったのだろうカウル類は所々割れて欠品有り。直すよりも中古を探す方が良いだろう。まぁ中古もボロボロだと思うが。
「ミラーも割れてるしタイヤは前がひび割れで後はスッテンテンの坊主(溝が無い事を指す)やん。キャブは掃除とパッキン交換は必須、フロートバルブやらフロートも変えんなんかもなぁ。動く中古が二万円で有るからそれにしとき。そっちの方が百倍マシや」
「直りませんか?」
褒める所はキックが降りるくらいだろう。そのキックペダルが妙に重い。二ストエンジン特有のマフラー詰まりだと思う。マフラーを焼いてカーボンを除去したいところだが、カーボン焼きは恐ろしく煙が出る。昨今は色々とうるさいので消防に通報されてしまうだろう。ベストはマフラー交換。だが新品のマフラーは出るのだろうか?
「多分やけど不動の原因はマフラーの詰まりによる排気不良。安いオイルでも入れてカーボンが溜まったんやろう。マフラーを外して排気ポートから見えるピストンスカートが荒れてたら廃車した方が良い」
そもそも盗難車に廃車にするはずだったバイクのナンバーを取り付けて乗るって時点でどんな風にバイクに乗っていたか想像がつく。ショップに入れればフレームナンバーと自賠責保険の書類が違う時点でおかしいと思うし、普通の店ならその時点で盗難車でないか照会をすると思う。今都にはまともにバイクを整備する店……いや、まともに整備できる店が無い。どんな使いを受けて来たかは想像がつく。
「悪い事は言わん。天ぷらナンバーを付けてた不動車てなもんアカンに決まってる。中古車コーナーから選んで一台乗せて帰り、登録は自分でするやろ? 税込み二万円にまけとくで」
「その方が良いですよね、あ~あ、ゲームキャラと同じ名前なのに残念」
残念そうにしているが、こんな物を修理して仕事に使おうなんて馬鹿げている。このヤマハミントは役目を終えたと判断して処分するのがベストだろう。
◆ ◆ ◆
「『今都の店やから駄目』ですか、なるほど」
茶菓子を摘みながら「店が今都にある限り車輪の会への入会が出来ない」と六城君に伝えたのだが『予想通りです』とでも言うようにすんなり納得してくれた。
「六城君はOKらしいんやけどな、今都には『けなりがり』があるやろ? トラブルの原因になりそうやから今都から移転して南部に来たら再度検討するって事で」
『けなりがり』は今都町にある文化で、標準語だと『羨ましくて妬む』みたいな意味だ。例えるなら頑張って昇給した同僚を羨ましがって自分も昇給を求めるみたいな感じとでも言おうか。給料を上げてもらう様な努力もせず、成果も出さない。同僚より自分の給料が低いのが悔しい、それだけで昇給を要求する。そんな感じだ。
「ああ、『けなりがり』ですね。わかります」
「すまんな、何か悪い事をした」
期待を持たせるような事を言って結局何ともならず、いったい俺は何をやっていたんだかなぁ。何と言っていいのか解らずガリガリと頭を掻いていると六城君はコーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「今都の人間だって『南部やから駄目』みたいな事は言いますからね。仕方がないですよ。僕もガキの頃は……止めときましょう。ところでリツコ先生は? 調子が悪いんですか?」
「便秘やってさ、もう十分は出てこんと思うで」
その時、トイレの方から「言っちゃダメ~ッ!」と声が聞こえた気がする。
「柿を食べると便秘になるそうですよ」
「ああ、そういえば干し柿を食ってたな」
妊婦は赤ん坊に腸を押されて便秘になりやすいとか。でもリツコさんの場合は完全な食べ過ぎだと思う。巨大などら焼きやご近所から貰った干し柿を何個も食べたりするからだ。
「ところでミントでしたっけ? アレはスクラップですかね?」
「そらスクラップやろう、あんなもん中古で買う奴なんて居らんぞ?」
程度の良い中古でもメットインが無いスクーターは人気が無い。無料で仕入れてもキャブをオーバーホールするだけで販売価格を上回ってしまう。一万円で売るバイクに三万円整備代をかけたりしたら赤字だ。せめてキャブレターを掃除して二万円で売れるなら考えるが、タイヤが駄目な時点でアウトだ。
「分解して三輪バイクの材料にしてもいいけど性能はイマイチやろうな」
「高嶋署の安浦さんみたいな感じでしょ? 時々来てくれますよ」
安浦刑事はこのところ店に来ない。忙しいのだろうか。今都で大麻が流通していると噂に聞く今日この頃、ボンクラ警察署と呼ばれる滋賀県警高嶋署が長閑なのは馬鹿なのかアホなのか。恐らく両方だろう。単なる職務怠慢だ。あいつら暴走族は捕まえられないのにウッカリしている一般人はキッチリ捕まえやがる。
そんな事を思いつつ六城君と茶菓子を摘んでヤマハミントの処分について話しているとトイレからリツコさんが出てきた。リツコさんは出て来たがあっちの方は出なかったらしい。
「うう……材料にしちゃダメぇ……」
「わぁ、大きなお腹ですねぇ」
「赤ん坊と一緒にウ〇コも生まれたりしてな」
予定日まで約二週間。大島家に新しい家族が加わるまでもう少しだ。リツコさんのお腹は俺達の愛の結晶と俺が作った飯でパンパンになっている。
「ミントはお祖母ちゃんとの思い出があるから潰しちゃイヤ……六城君、中さんに渡すんじゃなくて私にちょうだい。動かなくていいから置いておきたいの」
リツコさんは頭を下げようとしたがお腹が邪魔で思うように頭を下げられない。気分転換で金髪にした髪が伸びて上が黒、下が金のプリンみたいな頭になっている。三毛猫みたいでもある。ちなみにリツコさんは六城君の世代にとっては憧れのお姉さん的な存在。断れるはずがない。ふむと数秒考えて「イイっすよ」と返事をした。
「俺は汚いバイクを手元に置くのは嫌や」
「何だとこの野郎、だったら必殺……お腹が邪魔で出来ない」
リツコさんは俺の背後に回って必殺技の『耳たぶを甘噛みしながらおねだり』をしようとしたが大きくなったお腹が邪魔で失敗した。つまりこれはまだ生まれぬ我が子が阻止したと言っても過言ではない。二対一で俺の勝ちだ。
「とりあえず書類は渡しますから煮るなり焼くなり好きにしてください」
ここで形勢逆転。ミントの受け入れは反対大人一人・胎児一人。賛成大人二人となって可決された。
「煮ても焼いても食えんぞ、焼いたらマフラーから爆煙が出そうや」
リツコさんは目に涙を浮かべて頬を膨らませているが、思い出があるからと言って何でもかんでもバイクを修理していたら我が家は破産だ。ポンコツでもCB750なら直す価値があるかもしれないが、ヤマハミントは今のところ価値が無い。
「でも……でも……」
「大島さん、保管場所があるなら置いておくくらい良いじゃないですか」
アカン、冗談抜きでリツコさんが泣きそうだ。初めて抱いた翌朝に『もう泣かさない』と約束したのに何て事だ。懐に余裕は無いが、六城君の言う通り倉庫にはまだ若干の余裕がある。
「わかったから、じゃあとりあえず置いとくだけやで、置いとくだけ」
「……うん」
大昔の軽トラックやオート三輪は大量生産されたが商売で酷使されたり買い換えられたりで全然残っていない。それ故に現存車に希少価値がある。俺は新車当時に価値が無く、数十年経って価値が出た希少車を『有象無象系希少車』と呼んでいる。ヤマハミントはやや年配の奥様達が乗っていたバイクで、そこそこ売れていたが最近見かけなくなった。有象無象系希少車になる事はあるのだろうか。
「ふふっ……ミントちゃん、お久しぶり。って言っても君じゃ無いか……」
やれやれ、リツコさんを泣かさないようにするのは大変だ。
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