第423話 客を叱るお店

 今日もジャイロXを触ったりリツコさんのお守をしたりな一日。もちろん修理や日々の業務はこなしている。


「中さんの時代は雨とか雷で学校を休んだりした?」

「ん? そんなんで学校をサボろうとしたらもっと怖~い雷がズドーン! やで」


 昭和の子供と言えば悪さをしては親に叱られ、たまには拳骨の一つも母ちゃんから喰らった世代である。ところが最近の親御さんは子供に注意したり叱ったりしない。万が一叱ろうものなら親が文句を言いに来る御時世だ。リツコさんが言うには高嶋高校でもやれ雨が降っただの風が吹いたからだので休む生徒が多いとか。高等教育を受けられる日本に産まれながらくだらん事でとは言語道断。そんな甘ったれは内戦でエライ事になってる国に送り込んで思い切り学校をサボらせてやれば良いと思う。


「そんな甘ったれた生徒は留年とか補講をさせてガンガンしごいた方が良いと思うで」

「最近の子は注意すれば親からクレーム、叱れば教育委員会に苦情の電話、さらにSNSで拡散するんだから質が悪いのよ」


 最近は法律で十八歳未満のガキンチョを厳しく怒鳴り付けるだけで虐待となりお縄だそうな。教育で殴ったり叩くなんてのは指導力が無い教師のする事だが、殴れないのをいい事に生徒の方が好き勝手し放題になっている。竹原君の様に睨むだけで気絶するとか葛城さんみたいに微笑み一つで黙らせる(女子限定だが)事が出来ない普通の教師は大変だろうと思う。


「こんな風に『俺は今からお前たちを殴るっ!』なんて鉄拳制裁をしたら即コレよ」


 そう言いながらリツコさんは親指を立てて首を斬る動作をした。ちなみに今観ているのはラグビー部を題材にしたドラマだ。時代は昭和五十年代だろうか、荒れに荒れた時代の不良高校のラグビー部を強豪校にする熱血ドラマだ。この頃はまだ暴力沙汰を起こす生徒を拳で黙らせてもよかった時代だ。


「こんな風にバイクで廊下を走る様な事になって『私は殴らないっ!』なんて言ってられるんかなぁ」

「こんな事になったら生徒じゃ無くて教師が『悔しいですっ!』よね、手も足も出ない、出せない」


 ちなみに生徒が暴れた場合、最初に逃げたのが剣道部顧問だったらしい。「防具も無しに叩かれたら痛いじゃないですかっ!」と仕事を放棄して休職、後に異動となったんだと。人を叩きたいけど叩かれるのは嫌、自身を守る為なら人を切り殺しても当たり前、剣道なんてそんなもんだ。その後、高嶋高校剣道部は顧問不在のままで存続した後に廃部となったそうな。


「ま、竹ちゃんは殴られたところで何ともないけどね」

「竹原君か、元気でやってるかな……リツコさん、そのどら焼き雲平さんは俺の分」


 ぎろりと睨むとリツコさんは「にゃうぅぅ……」と手を引っ込めた。なんか可哀そうなので半分だけなら食べても良いと言ったら半分食べた。上と下を剥がして餡子のある方を食べた。それにしても上手に餡子を片方の皮に寄せたものだ。


「リツコさん、その割り方は違う」

「にゃふ?」


 おかげでどら焼きは餡子無しのパンケーキになってしまった。


「あ~あ、何でそんな上手い事分けるかなぁ……アンコをよこせ」

「もふ?」


 よこせと言った途端に全部口一杯にどら焼きを頬張った妻の膨らんだほっぺ。リスみたいで可愛らしいのだが、ちょっとだけムカついた。


◆        ◆        ◆


 授業を終えた学生は部活に励む者、家に帰ってゆっくりしたり勉強したりと様々だ。一部には寄り道をして帰る者も居る。この時期辺りから三年生は受験対策をするのかウチに来る者は少ない。理恵や速人も来る事が減った。二年生は走り回っているのだろうか。


「お? 今日も一緒か? 仲がエエな」


 今日は晃司君と愛奈ちゃんがご来店。何の用という事も無く暇だったから来ただけの様だ。二人とも「家が隣で一緒の時間に帰るとこうなる」みたいな事を言っている。


「仲良きことは善き事かな……フフッ」

「わ~、大島先生金髪だ~いけないんだ~」


 生徒から注意されたリツコさんだが今は産休中。学校へ行かないから気分転換だと言うと二人とも納得した。


「まぁアカン事をしたらおっちゃんが叱るからな、おっちゃんが子供の頃は拳骨の一つをくれてやったもんやけど、今は時代が違うし叱るだけやな」

「そうそう、おっちゃんは客でも子供でも叱るもんね~」


 俺は悪さをしたら客でも叱る。ところが最近十八歳未満のガキを厳しく叱ると罰せられるようになってしまった。


「おっちゃんかって叱りとうて叱る訳や無いぞ、でも『悪い事は悪い』って教えんと今都の『暴れ小熊』になるさかいな」


 大人が子供を叱るのは大事な事だと思う。虐待はいけないが殴ってでも止めてやらなければいけない時もあるはずだ。親が叱れないから周りが叱る。ところがそれに親が文句を言って来る。何か世の中変な方向へ向かっているように思う。


◆        ◆        ◆


「にゃふう……コ・タ・ツ♡」

「今年もコタツムリか、まぁ今回はイイでしょう」


 寒くなって来たのでコタツを出した。コタツの時期はお鍋の時期。今日の夕食はお鍋。野菜たっぷりのちゃんこ鍋風だがリツコさんがお肉ばかり食べてしまう。リツコさんは大きなお腹で動くのが大変そう。なので取り皿によそうのは俺だ。


「お肉だけやなくて野菜も食べる」

「お肉は赤ちゃんの体になるから実質私に吸収されるのはゼロ」


 理由が滅茶苦茶だ。そのゼロ理論は何処から来た。


「お野菜も食べなさいっ!」

「いやっ!」


 我ながら昭和のカミナリ親父だと思う。そしてリツコさんは平成のお転婆娘だ。どちらもこの先減る一方。キャブ時代のカブと同じだ。だがカブは時代に合わせて変わり続けている。


(カブと違って俺は変わらんなぁ、このまま爺さんになるんやろうか?)


 野菜を嫌がる妻の取り皿へ白菜を入れつつ、この先の自分を想像して苦笑いをするのだった。

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