2019年11月 コタツを出す

第422話 リツコ・イメチェンをする。

 女性にとって美容院へ行って髪型や髪色を変えるのは身なりを整えるだけではなくて気分転換にもなる。


「ね~中さん、美容院へ連れてって」

「ん~? リツコさんの通ってる所って銀行の近所やったっけ?」


 リツコさんが通っている美容院は銀行の近所に有る美容院だったはず。この前は散歩がてら歩いて行っていたはずなのに。


「真旭に移転しちゃったの、だから送って」

「何でまた真旭に行ったんやろうなぁ」


「ん~っとね、今度は賃貸じゃなくって自宅兼店舗になるんだって」


 リツコさんが言うには前々から移転すると聞いていたのだが、予定が早まったとか何とか。銀行の近くに有るスーパー跡地の建物は賃貸で自由に店を作れないから移転したのだとか。

 

「ああ、銀行の近くは元々スーパーやったからな」

「DIYで店の外観とか弄りたいんだって、予約は午後からだからご飯を食べたら送って」


 バイクに乗れなくなって移動できないとなれば俺が送るしかない。


「じゃあ少し早めにお昼にせんとアカンなぁ、昼飯は何にしようかな」

「美味しいもの!」


 美味しいものと言われても具体的に言わないから困る。まぁ何でも喜んで食べるのだから何でも良いと言えば何でも良いのだが。


「冷凍庫のお好み焼きでもチンしようか」

「うん」


 いつもより少し早目の昼食を終え、向かった先は真旭町に有るリツコさんの通う美容院。店先に初代レガシィのツーリングワゴンが停めてある。かなりの好き者だと睨んだ。


「よっこいしょっと、終わったら連絡するね」


 女性の髪は時間がかかる。一旦帰ってしばらく店で仕事を続ける。


◆        ◆        ◆


 リツコさんを送ってから店へ戻り仕事の続き。今度のジャイロXは初期型と違ってゴチャゴチャしていて整備がやり辛い。重い車体と積載前提のジャイロXは爆発回数が四ストロークエンジンの倍である二ストロークエンジンを採用せざるをえなかった。限界まで排気ガス規制に対応しよう、しかもパンチがある二ストロークエンジンを使おうと必死になった結果、触媒や二次空気還元装置なんてややこしいものが着いた。初期型と違ってこれがまた面倒だったりする。


「あら、今日は奥さんはお留守?」

「うん、美容院」


「ほな帰るわ」

「帰るんかいな」


 リツコさんが居ないとご近所も長居はしない。俺が三輪車の修理に集中しているせいもあるかな? こんな時は看板娘(?)のありがたみを痛感する。


「何かけったいなバイクの修理で忙しそうやし帰るわ」

「お構いできんで堪忍な」

 

 年式が新しいので我が家のジャイロXよりは汚れや傷みが少ない。ワイドタイヤやスペーサー装着でミニカー登録しようか、それとも原付登録のままで前後チューブレスタイヤにして実用重視にするか、相場がそこそこ良いお値段なので多少元手をかけても十分利益が出る。生まれてくる子供の為に少しだけ稼がせて貰おう。


◆        ◆        ◆


 午後三時を回り、リツコさんから『迎えに来て♡』とメールが有った。妊娠して大きなお腹では思うようにお出掛けが出来ず、産休で家に居る事もあって気分転換に髪の毛をカラーリングすると言っていたのだが……。


「どう? 似合う?」

「まぁ似合うと言えばこの上なく似合うんやけどなぁ」


 仕事場が高校とあって髪の毛を染めるなどもってのほかのリツコさん。選んだ髪の色はよりによって金髪だった。マタニティを着ていてペタンコ靴だからそれ程ではないが、妊娠していない状態だと非常にまずい姿である。よりによって俺が若い頃に流行ったアニメの女博士に似ている。久しぶりのお出掛けとあってフルメイクなリツコさんは金髪と相まって顔だけ見れば……あのアニメの女博士だ。


「まさか金色にするとは思わんかったな、茶色くらいやと思ってた」

「思いっ切り違う色にしてみた。生徒の前じゃ絶対無理な色よ」


 高嶋高校の校則に『染毛・脱色・パーマの禁止』とある。これは教員にも適用されている。だから教員の白髪染めやパーマも禁止になったりしている。ちなみにカツラは病気や先天的な原因で髪の毛が無い場合認められている。加齢による脱毛の場合は認められない。


「気分転換やから仕方がないな、よう似合うで」

「にゃふふっ、でしょ~?」


 これじゃリツコはリツコでも別のリツコになってしまいそうだ。まぁは男運が悪かったわけだが。


◆        ◆        ◆


 いつだったか夫が『それ磯部違う、赤木や』って言った事が在る。気分転換と傷んだ髪先を整えるのを兼ねて行った美容院で髪をどう染めるか聞かれた私は「赤木リツコで」と答えたのだった。その結果がこの有様である。まさか金髪になるとは思わなかったよ。気分転換になったし中さんも良く似合うって言ってくれたから良いけどさ、金髪なら金髪って言って欲しかったな。


「よっこいしょっと、フウ……重い」

「足元に気を付けてな、よいしょっと」


 大きくなったお腹のおかげで足元が見えない。多分だけど赤ちゃんだけじゃなくってウ〇コも詰まってるんだと思う。もしかしたら赤ちゃんと一緒に産まれるんじゃなかろうかと心配になる。お尻の穴はともかく、夫にそんなシーンまで見られたら恥ずかしくてたまらない。


「顔が赤いで、中に入ろう」

「うん、そろそろ炬燵が恋しい時期ですなぁ」


 そんな会話をしつつ作業場の椅子に座って中さんが作業する様子を見物。モソモソと動く中さんは熊みたいだ。


「このジャイロちゃんはミニカー登録するの?」

「う~ん、とりあえずパンクに強いチューブレスタイヤにしたいなぁ」


 モンキーやゴリラ、スーパーカブは昔ながらのチューブ入りタイヤ、これは釘が刺さったりしてチューブに穴が開くと数秒でパンクしちゃう。カブはタフアップチューブって特別なチューブが使われているけど、いざパンクすると修理が面倒なんだって。最近の十インチタイヤが使われているスクーターはチューブレスタイヤ。我が家のジャイロちゃんは前後チューブタイヤ、最新のジャイロシリーズは前後チューブレスタイヤが付いてる。


「じゃあ今のチューブレスタイヤに換えちゃえば?」

「前はともかく後が合わんのよ、四ストジャイロはドラム一体ホイールやから」


 前のタイヤは何とか流用できるけど後ろのタイヤが問題なんだと説明してくれた。


「今の八インチタイヤに合うホイールで六穴ハブに合うホイールが要るんや」

「それが無かったら?」


「そのままで組む。でもその前にネットで検索やな」


 そのネットで検索が問題なのだ。ネットで検索している間の中さんは私にかまってくれない。ジャイロXにジェラシーな私だった。 

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