第405話 Tuned specifically for high school student⑦
何とか夏休みが終わる前に免許を取れた令司はミズホオートを訪れた。
「おっちゃん、免許取れた」
「こっちも準備OKや、保険は五年で入ってあるのとドラレコも付けた。それと……」
瑞穂が出したのは真新しいヘルメット。日本製のメーカー物だ。
「これも自転車を壊した損害賠償からやしな」
「え~、カブでジェットヘル? 半ヘルでよくない?」
「よくない。五〇㏄以上のバイクで半ヘルは認めん」
自転車をヘルメット無しで乗っていた令司は不満だったが、幼い頃から面倒を見てもらっている御隠居に排気量五〇㏄以上のバイクでジェットヘル以下は認めないと言われては仕方がない。幸いな事に見た目の割に軽く、通気性も良い様だ。
「それにな、おっちゃんが拵える最後のバイクかもしれんからな。最後に拵えたバイクで万が一が有ったら嫌やしな」
「えっ! おっちゃん引退すんの?!」
高畑瑞穂はもう少しで八十歳。このカブを作っている時に倒れて以来、自分に残された時間は少ないと思うようになった。バイクばかりを見てきた(その割に女性を連れていくと喜ぶ店に詳しい)人生だったが、少しだけ他の物を見ようかと思い始めたのだ。
「おっちゃんももう少しで八十歳、そろそろ本気で体が言う事を聞かん。細かな作業は手元がぼやけて見えん。途中で作業を止めれば何をしてたか忘れる。趣味のバイクを触るならまだしもお客さんのバイクは厳しなってった」
令司の物心ついた時の瑞穂会長はまだ髪の毛は黒い所も有り、背中も真っ直ぐだった。今の瑞穂会長は白髪頭でよく見れば背中も少し曲がっている。令司が成長するのと同時に瑞穂会長は歳を取ったのだ。
「おっちゃん、じゃあこのバイクは何処で直せばよいん?」
懇意にしていたバイク店が閉店したりメカニックが辞めたりで路頭に迷うライダーは多い。特に高嶋市の様にメーカー系ディーラーが無い田舎町では自分で整備が出来ないライダーにとって死活問題だ。
「いや、店が無くなる訳や無いから
「ミズホのおっちゃん、そうなんや……」
少し涙目になった令司だったが、そんな令司に瑞穂会長は悪戯っ子のような笑顔で話しかけた。
「言っとくけど死んでしまう訳や無いからな、店には来るぞ。ここは儂が始めた店、でもって儂の遊び部屋みたいなもんやからな」
最後の仕事かもしれないと言われて少しだけ寂しい気分になった令司に瑞穂会長は封筒を渡した。
「で、これが学校に出す書類。練習がてらコレで学校に行って申請しておいで」
夏休み中に担当教師に検査をしてもらえばその場で申請が許可される場合が多い。そうすれば二学期からはバイク通学が可能になる。
「じゃあ、明日にでも行きます」
「うむ、行っておいで。ついでに大島君にも見せておいで」
◆ ◆ ◆
翌日、おっさんに見せるのと待ち合わせを兼ねて僕たち三人は大島サイクルに集まった。おっさんはしげしげと僕のカブを見て「う~ん」と言っていた。
「なるほどねぇ……これが(瑞穂)会長が作りたかったカブか、何ともクラシカルやねぇ……でも中身は普通のカブ。古ったいのに乗りたいけど壊れるのが嫌やったらコレやな……散々振り回しやがって……」
「ミズホのおっちゃんはそろそろ引退みたいです」
おっさんは「まぁ歳やからな」とだけ言ってエンジン周りをチェックしていた。
「これがロッくんのバイクかぁ……なんか普通のカブと違うね……」
「ちょっと変わってる辺りが令司らしいと言えば令司らしいけどな」
晃司と愛奈にはこの格好良さがわからないと思う。中身はわりと現代的で外見はクラシック。そしてエンジンは……よくわからない。教習車より小さいみたいだけど元気は有る。
「大丈夫やな、気を付けて行っておいで」
「はい、じゃあ行ってきます」
晃司の後に愛奈が付き、僕が続く。同じ様なエンジンだけど三車三様。愛奈と晃司が同じ様にシフトチェンジしている。僕のカブには四段目のギヤは無いけれど三速に入れてからのドコドコした感じが楽しい。安定して走る
「あのカッコイイ白バイさん居ないかな~っ!」
きょろきょろする愛奈に「怖い事言うなよ~!」と言うと晃司が冷静に答えた。
「居たところで違反さえしてなければ問題無し」
国道一六一号線を北上。淡々と走ってコンビニの交差点を右折して修羅の街今都町に突入。ここからは当たり屋と事故の多発地帯。気を引き締めながら走っていると浄化センターを過ぎて元新庁舎建設予定地の前を通り過ぎた。
「わわわっ! ちょっと待って!」
愛奈バイクはタイヤが小さいからか安定していない。ただでさえヒョコヒョコ走る所に舗装が荒れていて余計に不安定になっている。怖がってスピードを出さない。そのまま走り続けると今都町の中心地へ入る。この辺りからドブの様な何かが腐った様な匂いが漂い始める。
「何やろ、騒がしいな」
警察署から怒号が聞こえる。微かに『げヴぉ』と聞こえたから今都駅で置き引きとかスリが捕まったのだろう。いつもの事だ。
「覗いたらアカンで、今都の者と目ぇ合わせたら殴り掛かってくるで」
「いちゃもんを付けて金を取ろうとして来るからな」
「わかってる」
晃司に注意された愛奈は妙に素直で言葉使いが普通だ。今日は一回も放送禁止用語を言わない。言葉使いが普通な愛奈は滅茶苦茶気持ち悪い。単なるスタイルと顔が良い女子高校生だ。
「ちょっとした言葉使いで下品になるんやなぁ」
「語尾に『げヴぉ』ってなんやねん! なぁ!」
(愛奈め、散々放送禁止用語を言うといてよう言うわw)
今都の吐き気がする臭いを感じながら走り続けて今都市民会館や今都東コミュニティセンター前を通り過ぎ、携帯ショップの信号を曲がると高校はすぐだ。ガランとした昇降場で上履きに履き替えて、晃司と愛奈は図書室へ、僕は第二教務室へ向かった。
◆ ◆ ◆
愛奈と晃司が持って来た課題を片付けたり読書をしている間、僕は竹原先生に車体のチェックをしてもらっていた。竹原先生は高嶋高校のOBなのにバイクの免許を持っていない珍しい先生だ。(自動二輪)免許を持っていないのに何でバイク担当になったんだろう。
「何じゃ高石、儂の顔に何ぞ付いとるか?」
「いや、何もないす」
不思議に思って先生を見ていたら気付かれた。
「そうか……まったく……化け猫先輩め……」
竹原先生がコッソリ教えてくれたんやけど、元々はバイク通学に関する事は大島先生の担当やったんやって。でも一人でこなせそうにないから『家来が欲しい』って後輩の竹原先生を指名したんやって。
「そうなんですか?」
「そうなんよ、だから『化け猫』なんて言うと非常に不味いけえ言うなよ」
大島先生へ『化け猫』って言うのは問題発言で、くれぐれも言わないようにって釘を刺された。
「高石は大島先生がバイクで通ってたのは知ってるな?」
「はい、スーパーカブに乗ってるのを見ました」
僕はスーパーカブに乗って通う大島先生しか見たことがないけど、先輩たちが言うにはスリット入りのタイトスタートで大型バイクに乗って通ってたんだとか。
「最近まではごつい大型バイクで通勤しとったくらいじゃけぇバイクに詳しいのは大島先生じゃ、わしは書類や決まりを担当しとったけぇバイクの事はよう知らん。ブレーキが効いてライトとウインカーが点きゃあ通す」
ライトもウインカーも完璧。ブレーキをかけると前がヒョコッと浮くのが変な感じだ。教習車やとブレーキをかけると前につんのめったのに、カブは前が浮くっていうか前が突っ張る。引っ張られて前脚を突っ張って抵抗する犬みたいや。
「これでOKじゃ、くれぐれも鯱みたいな暴走族バイクにはせんようにの」
「はい、ありがとうございます」
ナンバーの裏に特殊なシールが貼られて僕のバイク通学は許可された。新学期からはバイク通学。残された少ない夏休みはカブに乗る練習をしよう。
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