第404話 令司・小型自動二輪免許取得
夏休みも残るところ数日となったある日、令司は湖西線とバスを乗り継いで高嶋市から遠く離れた守山市を訪れた。高嶋高校の生徒が守山市に来ると言えば部活か免許の試験のどちらか。もちろん令司の目的は小型自動二輪の学科試験を受けることだった。見てくれがチャラい割りに成績優秀な令司は学科試験の罠に引っかかる事も無く、電光掲示板に浮かんだ自分の番号を確認して淡々と手続きを終えていた。
手続きを済ませて免許証を受け取っても「こんなものか」くらいにしか感じなかったが、バイクに乗れば友人たちと出掛ける範囲が広がる。先輩と同じペースで通学出来る。それに今都の駅を使わなくて済む。今都の駅周辺はアンモニア臭と言うか小便臭いというか、とにかく臭いのだ。時間によっては甘ったるい臭いや饐えた臭いもする。治安が悪い事も有り、置き引きやスリ・ひったくりが多発している。
「今都の駅を使わんで済むだけでもこれを取った価値は有るか……」
手続きを終えてからは再びバスに乗って琵琶湖大橋を経由して堅田へ向かう。バス停に立っていると騒がしい声が聞こえた。
「速人~大橋が混む前に帰ろ~」
「暑いから大橋を渡ってからハンバーガーショップに寄ろうね」
(あの二人は三年生……あんな小さなバイクで来たんか?)
令司は走り去る二台の小さなバイクと入れ替えに入って来たバスに乗り込み、対岸の堅田を目指した。途中で先輩らしき二人が乗るバイクを追い抜くかと思ったが、思ったより速く走っているのか視界に入る事は無かった。
(なるほど、待ち時間で帰れる。要るのはガソリン代だけか……)
湖西線は堅田まで来る便は多いが堅田から安曇河まで戻る便は少ない。和邇や近江舞子止まりの電車ばかりだ。バイクで来れば閑散とした時刻表を見てため息をつく事は無くなるだろう。
「次の(近江)舞子より向こうへ行く便は一時間後か……」
堅田駅前でバスから降りた令司は駅前の商業施設に入り、本屋で涼みながら時間を潰す事にした。自転車に乗っている間は何も思わなかったが、免許を取れた途端にバイクに興味が出た令司は一冊の雑誌を買って堅田駅のホームへ向かった。
◆ ◆ ◆
夏休み明け間近なこの時期は学生たちが新学期に向けてオイル交換や点検に訪れる。今日訪れたのはCD90改に乗る
「お?
いつもなら伏字にせざるを得ない言葉を使う愛奈ちゃんが妙におとなしい。
「うむ、おっちゃん。私は恋をしたぞっ☆」
「素敵なレディになるんやそうです」
女の子が下品な言葉を言うと男子に引かれる。常から心配していたが、自分から直そうと思うのは良い事だ。青春は素晴らしい。
「で、その『素敵なレディ』の目標は?」
「目標?」
目標のある方が良いと思うのだが、当の本人は何も考えていなかったらしい。キョトンとしている。
「たとえば女優の誰それとかあるやろ?」
愛奈ちゃんは目を瞑り腕を組んで「う~ん」と考え始めた。よく見ると睫毛が長い美少女ではある。そんな美少女が物思うのに何故かお坊さんの幼少期を描いたアニメの如くポクポクと木魚の音が聞こえる気がする。十数秒考えてチーンと
「ん~っと、あ! リツコ先生!」
◆ ◆ ◆
今日あった出来事を晩御飯の時に話した途端にリツコさんはご機嫌になった。
「にゃふふふ……やっぱり見る目がある子は居るのねぇ、えっと一年生の結城愛奈さんね。覚えたぞっと」
確かに見た目は美人だが中身はお転婆の甘えっ子だ。昨夜だって「素麺じゃなくて冷麦を食べたい」と駄々をこねてグズっていたくらいだ。言うと怒って河豚みたいに膨れるから言わんけど。
「で、中さんは何て言ったの? 『俺のお嫁さんやで』とか言って自慢したの?」
「うん、そしたら『え……マジ?』って唖然としてた」
リツコさんが俺の奥さんだと言った途端に愛奈ちゃんは驚き愕然としていた。冗談抜きで知らなかったらしい。
「大型バイクにさっそうと乗る美人で格好良いと思ってたんやって。『何でこんな禿げのオッサンと結婚したんやろう?』やってさ」
言っておくが俺は頭頂部の髪が細くなって地肌が見えているだけであって禿げてはいない。禿げかけているだけだ。
「男の魅力を見た目でしか判断出来ぬ辺りが小娘よのう……あ、そうそう……」
「始業式の後でバイクの点検やろ? プリントはご飯のあとでエエよ」
もう数日で夏休みが終わって新学期。この数年で恒例となったバイク点検の時期が迫って来た。そういえば、高石君は免許を取れたのだろうか、ミズホオートはカブを完成させたのだろうか。気になる。
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