第377話 わりと忙しい土曜日・午後

 時計の針が十二時になった所で一旦店の戸を閉めて昼休憩。休憩と言っても買い物や夕食の支度、車輪の会の会合へ着て行く服を用意したりであっという間に時間が過ぎる。今日はやることが多いので昼食は手抜き。結局店でカップ麺を啜るはめになった。


 カップ麺を啜っているとドコドコと排気音を響かせてゴツいバイクがご来店。同期の絵里パパこと西川宏和だ。絵里ちゃんからリツコさんの妊娠を聞いてお祝い半分冷やかし半分でやって来た。


「若い嫁さんをもらって張り切ったか?」

「そりゃもう痩せるほど求められてスッカラカンよ」


 同期の気楽さゆえにバンバン新ネタを交えつつ雑談が続く。下ネタ過ぎて会話の内容の八割が放送禁止用語ピ~!だったりする。宏和が下ネタを言うのはストレスが溜まっていることの裏返し。高嶋市の財政引き締めと事業整理が行われて市役所の無料観光バスが一般貸出を止めて以降、市内の観光バス会社が今都の住民にバスを出す事が在ったらしい。ところが今まで市のバスで好き放題にやっていた連中は観光バスでも「やれここで止めろ」だの「やっぱり〇〇にも行きたい」だの予定や時間を無視して傍若無人を繰り返したので出入り禁止になったらしい。


「まぁ運行がメチャクチャなのは予定はしていたし、最初っから出入り禁止にする予定やったけどな、バスの中をクチャクチャにするとは思わんかったわ~」


 今都では他の町と違って公共の場や施設を汚く使う風習がある。これは汚す事によってとの考えで、無論掃除するのは他の町に住むだとされている。どうやら宏和が乗務したバスで翌日からの営業に使えない程散らかしまくったようだ。


「車内で酒をぶちまける、窓が開かんからゴミは床へ捨てる。瓶は踏んで割り放題。禁煙車やのに煙草を吸うわ食べこぼしでシートはドロドロになるわで災難や」


 あまりに酷い状況だったので、今後宏和の勤め先では今都関係の客は全てお断り。市から要請が在った場合も行き先や利用者によってはお断りする方向で話が進んでいるのだと教えてくれた。そんな話を聞くと車輪の会に入りたいと言った六城君の事が心配になる。もしかすると六城君も他の今都町住民と同じ様に息をする様に嘘をつき、全てにおいて自分が正しいと主張するのではないかと疑ってしまう。


「そら災難やったな、まぁ全部が全部そうとは限らんと思うけど」

「いや、やっぱり今都は怖いで。で、運行後に掃除をしてたらな、ポリが来て吸殻を持って行きよったわ。中、何か聞いてるか?」


 なんでも警察から今都の住民の利用者がタバコを吸っていたら連絡をと市内にある各バス会社に連絡が在ったらしい。宏和が会社に報告した途端に警察がすっ飛んで来たんだと。


「ウチには何人か警察官のお客さんが居るけど聞いてないぞ。ヤバい事と違うか? まぁコーヒーでもどうぞ」


 捜査上の機密事項だから言えないのかもしれないが、葛城さんと安浦さんからは何も聞いていない。宏和はコーヒーを一啜りしてから半分怒りながら話し始めた。

 

「暴走族は捕まえられんくせに動かん捕まえやすいところには喰いつく奴らやで、ポリ公ってのは性根が腐りきった連中やな」


 性根が腐った今都に在るから警察も腐ってしまうってのが宏和の持論だ。まぁこいつに関しては仕事柄警察に良い感情を持っていないのだろう。散々ぼやき、俺をおちょくって気が済んだのか、一服した後は清々しい表情で帰って行った。


 宏和を見送ってから一服していると奥様方がワラワラとやってきた。どうやら店先に停めてあるカブを見て葛城さんが居ると思ったようだ。残念ながら葛城さんは彼氏を乗せてデート中。


「え~! 晶様はいらっしゃらないの~っ!」

「ええっ! でっ……デートですって?!」


 葛城さんが居ないと知った途端に奥様方は差し入れと共に帰って行った。あれほど露骨に葛城さん目当てだと逆に清々しい。そのうちブロマイドでも作って売り出そうと思う。


 奥様方が帰ってからは作業を再開。安い中古スクーターを仕入れているうちにトゥディばかりが集まってしまった。格安で買える五〇㏄と二種登録するボアアップ車を作って並べようと思う。ボロイ奴は部品取りか二個一・三個一で組んでも良いかもしれない。走りの良い二ストスクーターはずいぶん減ってしまった。最近の子は走りの良さよりも排気ガスが気になるらしく、求めるのはマニアックなお客さんが多い。郷愁を感じる2ストの排気煙は若者にとっては環境破壊の象徴でしかない……なんてのは言いすぎか。


 午後三時を過ぎると商店街が騒がしくなる。奥様方は夕食のお買い物、高校生の姿がチラホラみられるのは部活帰りや図書室で勉強してから帰って来た生徒たちだろう。そろそろ三年生が自動車の免許を取りに教習所へ通い出す頃だ。


「ごめんください、お忙しいところ失礼しま~す!」


 店先に停まったのは銀色のハイブリッド車。宗教の勧誘だろうか。甘ったるい臭いを漂わせて婆さんが降りて何やら妙なハイテンションで話しかけてきた。


「私たちは可哀そうな犬を保護して里親募集しております今都町の動物愛護団体エ」

「間に合ってます。我が家では(化け)猫を保護しております。可哀そうな動物を使って善良な住民から銭を引き出す外道はお帰り下さい」


 クソ偉そうに言いやがる。寄付を募る前にその指にはめてるギンギラに輝く指輪は何だ? それを売る方がウチみたいな小さな店に寄付を乞うより金になると思うぞ。ムカついたので被せ気味に断ったらババァは怒り出した。


「ハァ? わざわざ今都から来てやってんでギュゲヴォすけど?」

「知るか〇〇〇〇放送禁止××××汚い言葉なクソ今都ババァ! 帰れっ! 人にものを頼むのに偉そうにすんなっ! 二度と来るなっ!」


 被せ気味に捲し立ててお帰り願った。今夜は用事がある。片付けておきたい仕事はあるし、リツコさんをお迎えに行かなければならない。残念ながらドーン教やつボイ教の素晴らしさを布教するどころではないのだ。信者としては大変遺憾だが仕方がない。これも試練だ。


 今日は少し早終い。午後五時半にシャッターを閉めてコンプレッサーのエアーを落とす。コンプレッサーのドレンから出る水が多くなってきた。やっとこさ滋賀も梅雨入り。バイクで通学する学生達にとっては嫌な季節だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る