第353話 昼食
大島さんが六城に見せていたオートバイは良く見ればソックリなカラーリングだった。全体が六城のより大きくてオートバイらしいこのバイクはCD九〇ってバイクにスーパーカブのエンジンを積んだものらしい。カブ以外のバイクにカブのエンジンを積めるんかと不思議に思ったが、どうやら多少の違いは有れどCDなんチャラとカブは基本的に同じエンジンらしい。
「……て言う訳でな、エンジンレスの車体にカブのエンジンを積んで化粧直しした訳や」
「なるほど、CD90のエンジンは高値で取引されてますからねぇ」
頼りになって可愛らしい(と言わないと折檻される)大島先輩。彼女の愛する旦那さんは六城と普通に会話をしている。バイク好き同士で通ずるものが有ったのだろう。
「六城君も竹原君もしっかり食べ。リツコさんはお肉だけじゃなくて……今日はお野菜も食べてるな、よしよし」
僕は六城と旦那さんが一緒に飯を食ってる事よりも先輩が野菜を食ってることに驚きじゃ。酒を呑まず『にゃふふふん♪ 楽しいね』なんて野菜を食べている姿なんて初めて見た。いつもなら『ニャウウウ~お肉~!』と焼けるのも待てず半焼けで食べようとするのに。長い付き合いだがこんな先輩は初めてじゃ。男が女を変えると聞いた事はあるが、そうなんかのう。
「先輩、いつもはお肉ばかり食べてるのにどうしたんですか?」
「……お通じが……ね」
やっぱりそうだ。こっそり聞いてよかった。飯の最中に便秘なんて話題に出す事じゃない。
ボウッ!
ホルモンから垂れた油が炭に落ちて炎を上げる。すかさず大島さんが氷で消火。今日の先輩はあまりホルモンに手を出さない。脂っこいもんを喰やぁスルンと出そうなもんなのに。
「おっと、野郎どもは食った食った。竹原君、内蔵系は大丈夫か?」
「はい、先輩に鍛えられましたから」
「大島先生はホルモン好きなんですか? 肉食女子ですね」
「こんな所で『先生』はやめて。リツコちゃんって呼んで♡」
「その歳で『リツコちゃん』無いでしょ……」
ドスンッ!
けっこう重い音を立てて拳が腹にめり込んだ。
「おうっ!」
「『その歳』とは何だこの野郎」
「何で当たるんですか?!」
何でこの先輩のパンチは良く当たるんだろう? 隙を突かれて鳩尾に一発入れられてしまった(笑) 弱いパンチでも急所に入ると効く。
「『リツコちゃん』は恥ずかしいんで『リツコさん』で」
先輩はよく『リツコちゃんと呼んで』というが、そろそろちゃん付けで呼ばれる歳でない事を理解して欲しい。六城が真っ赤になっているではないか。試しに『リツコちゃん』って呼んでやろうか。
「六城君、あのキットバイク、仕上げるのに手間やったやろ? 部品はどこで買ったんや? ネットか? それともオークションか?」
「オークションで買ったりネット通販で買ったりがメインですね。あと、出入りの業者さん経由で買ったりもしました」
大島さんと六城は僕と先輩がじゃれ合っている間もバイク談義。
「オークション経由やったらえらい高値で売ってる所が有ったやろ?」
「送料を考えたらもう少し(お金を)出して新品を買う方が良い部品を見かけますね。でも僕はパーツリストを持っているんで部品番号を調べて部品商へ発注しました」
「今都で部品商って何処や?」
「今都町で物を買うのは怖いんで大津の店に注文してます。市内は……その……僕は……注文を受け付けてもらえないんで……」
モフモフと肉を食べながら話す二人は親子ほど年が離れているのに普通に会話をしている。
「あの暴れ小熊のことやからボロボロにしてから捨ててんやろうなぁ。悪いクソガキやったなぁ」
「ギョヴュヲも昔は可愛かったんですよ、だんだん気持ち悪くなりましたけど」
六城がボコボコにした
「中さん、
「もうちょっとで焼けるで」
先輩が鶏を食べたいなんて珍しい。『アッサリした肉は物足りなぁい♡』って言いながら油ギラギラのホルモンとかバラとか食べるのがいつもの先輩なのに。まぁいいか。歳なんだろう。言ったら叩かれるから言わんけど。
「リツコ先生って子供みたいですね……」
マフマフと握り飯や肉を食べている先輩を見た六城が声を潜めて話しかけてきた。聞こえない様にソッと答える。
「見た目は大人、中身は子供じゃ」
そう、先輩は中身は子供なのだ。早くに父親を無くしているせいでお父さんに甘える事が出来なかった反動だろう。今日も旦那さんに甘えまくりだ。
「大人の女性って言うより、ただの女の子ですよねぇ」
「……」
六城は戸惑っているが、これは日常の風景だ。問題無い。だが、僕はいつもより旦那さんに甘えまくり、カボチャや野菜、そしてギラギラの肉より鶏肉を食べたがる先輩に違和感を覚えずにいられなかった。
◆ ◆ ◆
この六城と名乗る青年は普通の今都町住人と違うようだ。何から何まで普通。挨拶はキチンとするし手土産まで持って来た。言葉使いだって語尾が『ゲヴォ』になっていない。普通の今都町住民と違って妙な甘ったるい匂いや饐えた様な匂いも無い。微かに油の臭いがするが、これは仕事がガソリンスタンド勤務だから仕方がないのだろう。俺だってリツコさんに『コーヒーと
(不思議な男やな……まるで普通の人みたいや)
普通の今都町住民の言葉の端々に有る『我々は上級国民です』って感じが無い。
(竹原君が言ってたけど、良い意味で普通やな)
何と言っても乗って来たバイクが良い。隅々まで手入れしたと言っていたが、嘘は言っていないだろう。嘘をつかない今都の人間は初めて見たんじゃないかと思う。
「今都の人間は何で語尾に『げヴぉ』って付けるんや?」
「なんか『下僕』の略で『~って言ってるんだ、この下僕め』の略だそうです。自分を少しでも上にって事らしいですね」
話した感じからすると悪い奴ではなさそうだ。まともな会話が成り立つ今都町住民は少ないので、この際色々と質問させてもらう事にした。
「じゃあ、今都は何であんなに俺ら他の町に威張り散らすんや?」
「戦前に港と軍、戦後は自衛隊があるから偉いって習いました」
港が交通手段として生きていたのは湖西線の前身の江若鉄道が通るまでの話やったと思う。江若鉄道が高嶋郡(当時)まで来たのは大正末期から昭和の初めやったかな?
「自衛隊からの助成金で潤ってるもんなぁ」
「戦車部隊が廃止されるからこの先は解りませんけどね」
今都のゲボ言葉や今都の住民が何故威張るかを聞いたら嫌な顔一つせずに教えてくれた。今日話しただけでは全ては解らないが、少なくとも悪い奴ではなさそうだ。
「今都の人がよく言う『イマジュルヴェッヴォイ!』てどう言う意味?」
「普通の言葉だと『今都バンザイ!』ですかねぇ……」
リツコさんが言う通り可愛いのかもしれない。竹原君が言う通り普通かもしれない。
「じゃあ『るっふぉい!』は?」
「それは『わっしょい!』とか『やっほ~!』みたいな楽しい時ですね」
今一つ食欲の無いリツコさんに対して食欲旺盛な青年二人は良く食べた。色々と話をしつつ食べている間に肉や野菜は無くなり、網の上に残ったのは焼け焦げたタレだけになった。
「さて、そろそろ食うもんも無くなったし、お開きにしますか」
「じゃあ火を消しますか。火消壺って有りますか?」
仕事が火気厳禁だけあって火の用心に詳しい。酒こそ入らなかったが楽しいバーベキューだったと思う。六城君と竹原君は進んで後片付けを手伝ってくれてリツコさんも満腹になったお腹をさすりながら片付けてくれた。おかげで撤収はあっという間に終わった。
「今日はごちそうさまでした。リツコせ……いや、リツコさんまた来ていいですか?」
「うん、中さん、いいよね?」
そうだ、大事な事を忘れていた。バイクを見て、六城君といろいろ話をしてどう思ったかを言い忘れていた。
「うん、またおいで、今度は俺の仲間に紹介する」
これが俺なりの答えだ。受け付けない奴と飯を食ったりなんかしないし、仲間に紹介なんかしない。まだ全て信用する訳にはいかないが、これからの付き合い次第ではどうなるかわからない。
「はい! ありがとうございました!」
「六城、やったな」
六城君と竹原君は笑顔でグータッチをして各々の家に帰って行った。
◆ ◆ ◆
「今都に住んでると思えん好青年やったな、ん? リツコさんお
「にゅう~、眠いの~」
二人が帰った後、リツコさんはウトウトし始めた。お腹いっぱいだから仕方ない気はするが何かがおかしい。
「リツコさん、最近調子悪いんか? 大好きなホルモンもチョットだけしか食べんかったしお野菜ばっかり食べてどうしたん?」
「怠いの……眠いの……抱っこ……抱っこして」
元気印のリツコさんが怠いとは一大事だ。
「怠い? 眠い? 疲れかな? 熱は無いな」
抱っこしてみたがリツコさんの体は熱くない。熱は無い様だ。気のせいか少し痩せた気がする。
「抱っこ~、抱っこ~」
「よしよし、抱っこ。お風呂に入ってから寝ようね~」
「洗ってぇ~」
今年のゴールデンウイークは十連休。休みの間に調子が戻らなければ病院へ連れて行こう。
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