第345話 再び教習所

 高嶋高校では十八歳に近付くと普通自動車運転免許取得に向けて自動車教習所へ通う事が許可される。ただし、授業態度や成績によっては申請しても許可が下りない事がある。許可されない理由で最も多いのが交通違反による減点だ。免停になった者や違反を繰り返した者は学校側から許可が下りない。免許取り消しになった者は免許取得の欠格期間があるだろうからもちろん許可は下りない。


 万が一学校側の許可無しで滋賀県内及び福井県や京都府にある教習所に通った場合、その日のうちに学校側へ連絡されて遅くとも三日後に処分が下される。


 高嶋市で唯一の教習所である真旭自動車教習所に一人の小さな小さな少女が訪れていた。小さな小さなとは言うものの、年齢は十七歳と十一カ月。身長無い・胸無い・尻無い・くびれ無い。でも、友人・彼氏有りなツルペタ少女、白藤理恵である。


「はい、じゃあ普通自動車ですね。ミッションは……MTでいいの?」

「はい、もしも無理だったらAT限定に変更できるんですよね?」


 五月に十八歳になる理恵は彼氏の本田速人と一緒に真旭自動車教習所へ入所の手続きに訪れていた。


「えっと、本田さんもMTですね」

「はい」


 近頃はMT免許(と言う名称は無いが便宜上)でなければ乗れない車は減ったが、高嶋市で暮らすとなれば軽トラックに乗れなければ免許を取った意味が無いと言われる。少し古めの軽トラックが現役で動く高嶋市ではマニュアルミッションの個体が多い。仕事に就くにしても畑へ行くにしても軽トラックの運転が出来ないのは少し不味いのだ。


 ふと理恵が教習コースを見ると小型自動二輪の教習を受ける後輩の姿が見えた。自分も二年前はああだったのかと理恵は自分が教習を受けていた頃を思い出した。引き起こしで起こせたと思ったら反対側に倒してしまった事、小さな手では操作がし辛いブレーキ・クラッチレバー。何とか爪先で立てる程度のシート高。足が着かず必死になった坂道発進など、今となっては良い思い出だ。


 入所費用を納め、テキストと生徒台帳を受け取った理恵と速人はスリッパに履き変えて階段を上り学科教習室へ入った。相変わらず木の椅子は尻が痛い。理恵は今度からクッションを持ってこようと心に決めた。


 一方、速人は前回に通った時と比べて教習車が変わったことが気になった。トヨタコンフォートの台数が減り、マツダアクセラがメインに並んだ教習車群を見ていると、時の流れが緩やかに思える高嶋市でも確実に時が流れていると思えた。


◆        ◆        ◆


「やっぱメットだけ先に買っといてよかったわ」

「私も買おうかな、晃司のとお揃いでえーわ」


 平成最期の四月に高嶋高校へ入学した角晃司すみこうじ結城愛奈ゆうきあいなは幼稚園からの幼馴染。何処まで一緒の所に通うのかと思っていたら学校だけで無くて教習所も一緒になった腐れ縁だ。


「幼稚園から高校、しかも教習所まで一緒てどこまで一緒やねん」

「何や? 晃司は私と一緒が嫌なんか?」


 おまけに高校でも同じクラスと来た。まぁ田舎で進学先も限られた高嶋市ではよくある事だったりする。


「嫌と違うけどな、愛奈あいなもおっちゃんの店でバイクを買うんか?」

「晃司は何を買うん? 流行のスーパーカブ?」


 二人が言う『おっちゃんの店』はもちろん大島サイクルだ。愛奈に何を買うかと聞かれた晃司はニヤリとして答えた。


「ふっふっふ……実はもうバイクを予約したんや」

「もう? 免許が取れんかったらどうすんのよ」


 愛奈は心配しているが、普通に学科教習を受けて普通に実技教習を受けていれば免許は取れる。真旭自動車教習所で免許が取れないのは余程運転の才能が無いか今都から来る『暴れ小熊』かのどちらかだろう。


「で、何買ったのよ?」

「ご・り・ら」


「ゴリラって、おっちゃんのお店に置いてある小さい丸っこいバイク?」

「おう」


 先日晃司は大島サイクルで五万円の手付金を渡して在庫のホンダゴリラを予約した。


「あ~! 私も狙ってたのにっ! 先越された~! 遠心クラッチに改造してあるからAT限定で乗れると思ってたのに! 晃司のアホ! 小さいチ〇ポ!」

「あのなぁ、早いもん勝ちやって、それにもう小学生の時と違うんやからさぁ、チ〇ポとか言うのは止めようや。お前は黙ってたら可愛いのに、下ネタで台無しやわ」


 幼馴染のこの二人、家もお隣りで家族ぐるみのお付き合い。さすがにこの十数年は一緒に風呂に入る事は無いのだが、幼少の頃はお互いの家で一緒にお風呂に入った間柄だ。


「あ~あ、他のバイクを捜さんとアカン様になった」

「おっさんに頼めや、あのおっさんやったら何か出すやろ」


 狙っていたホンダゴリラは晃司が予約してしまった。通学に使うなら燃費が良いバイクにしたい。そして、出来れば可愛いバイク。


「じゃあカブかな……新車はアカンけど」

「ちなみに俺は予算は十万円やったけど、貯金して五万円足したからな」


 晃司は案外しっかり者。対して愛奈は元気だが、もう一歩足りない所が有る


「ヘルメットも欲しい。晃司、おっちゃんの店に行くから一緒に来て」

「仕方ないなぁ」


 二台の自転車は大島サイクルを目指して走り出した。

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