第340話 六城君は普通の人

 今都町で商売を続ける事ほど難しくて面倒な事は無い。厄介な客を相手しているうちに従業員が精神を患ったり、暴力を振るわれて怪我をして辞めたり、辞めた従業員を補充しようと求人を出しても来なかったり。人口が多くて開いている土地があると出店してきた大型店舗が撤退する事は珍しくない。売り上げに問題が無くても従業員不足で閉店に追い込まれるのは今都では日常茶飯事だ。


「だから、直して欲しいんだから直してよ。俺は今都で十年もしゅんで住んでるんれしゅよ?」


 家業を継いだ六城も最初の頃は何かとクレームを付ける客と小競り合いとなったり、警察を呼んだりと散々苦労をした。ただ、六城の場合は自身が今都町出身で店も古くから今都に在ったことで「今都から来たんだけど」と言われないだけまだマシなほうであろう。


「ですから、ウチはガソリンスタンドです。バイク修理店じゃないですから無理です。それと、僕は生まれて二十年以上今都に住んでいますが何か?」


 ガソリンスタンドでは石油以外にウォッシャ液補充やバッテリーやオイルの交換などの軽整備を行っているが、六城石油店も例外ではない。そんな六城石油に一人の学生が現れた。


「でも、お客しゃまは神しゃまれしょ? だったらいう事聞かなきゃ。この店にバイクぎゃ停まってるのを見たギョ? きしゃま貴様は神しゃまの言う事が聞けにゃいの?」


 ミニバイクの軽整備位なら六城石油で出来ない事は無いのだが、今回はキックペダルを踏み下ろす事が出来ない不動のビジネスバイク。時間をかければ修理は出来るはずだが六城石油は小規模なガソリンスタンドだ。従業員は自分と経理担当の遠藤、そして配達担当の三木だけ。バイクの修理まで手を回せない。


「アレは僕の趣味ですから、『商売となると別です』ってが言ってました。だからお断りします」


 エンジン分解となればかかりきりになるだろう。となれば遠藤が給油となるが、そうなれば経理や会計が止まる。そもそも六城はホンダ系横型エンジンのバイクで修理を覚えた。目の前にあるビジネスバイクは触ったことが無い。


「じゃあ趣味って事で修理しちぇくぎゃちゃい……タダでみゃはっ無料でな♡」


 修理となれば手間賃以外に部品代が掛かる。それを無料で作業しろと言うのが今都根性。


(……『みゃはっ』じゃねぇよ)


 六城は自身が今都町に生まれ今都町で育ったことを心の底から恥ずかしく思った。


「部品が要るでしょうし、僕ではよう直せません。専門のお店で診てもらってください。農機具店の管理機とか刈り払い機を修理しているお店なら見てもらえるかもしれませんよ。ところで、このバイクは何処で買ったんですか? 買った所で診てもらえばいいと思うんですけどねぇ」


 普通の店ならアフターサービスがあるものだ。まぁ六城の場合は生意気な事を言ってバイク店から出入り禁止にされて覚えざるを得なかったのだが。


「誓約書を書かされまひゅた……酷い店でしゅ……せっかくしゅーぱやきゃぶスーパーカブを買ってやったのに……ほら」


 客が出した誓約書には『処分予定の無料のバイクにつきクレーム・返品・修理はお断りします。 大島サイクル店主 大島 中』、その下には『以上を納得のうえ書名または捺印します』と印刷され、バイクを持って来た男が書いたと思われる署名も有った。


「まぁ、タダで貰うバイクなんて、そんなもんですよ」


 学生らしき少年は『買った』と言っているが、実際は買ったのではなくて処分するバイクをタダで引き取って来ただけらしい。店主もこれを予想していたのか誓約書はあとから文句を言おうにも何とも出来ない内容だった。


しゅうぴゃあきゃぶスーパーカブは地獄からでも蘇るって聞いたのに……一億台売れたから中古部品で簡単に直せるって本に書いてたのに」


 さすがに気の毒と思った六城は学生に大事なことを伝えると決めた。


「これはスーパーカブじゃない。別のメーカーのです」

「しょう言えば、みしぇおっしゃんオッサンも『バイク』って言ってましゅた」


 嘘は言っていないが全ても伝えていない。騙されたわけではなく勘違いしただけ。勘違いした方が愚かとしか言いようがない。


「嘘は言ってないですね、売買じゃないからクーリングオフ出来ない。確かめずに貰った方が悪いとしか言わないでしょうね。負けですよ」


 「じゃあ要らん」と言って動かないバイクを置いて帰ろうとする学生だったが六城に呼び止められた。


「置いて行くなら誓約書と処分代をお願いします」


◆        ◆        ◆


「……と言う事がありまして、この『大島サイクル』が磯……大島先生の旦那さんのお店ですよね?」

「大島さんは今都のもんに容赦が無いな、嫁さんリツコには甘いのに」


 六城に誓約書を見せられた竹原は眉毛をハの字にして答えた。引き取ったバイクだが、結局六城石油と取引のある産廃業者に引き取られた。今頃はスクラップとして資源となっている事だろう。今都の人間は再利用できないクズだがバイクは資源として再利用できる。動かないバイクより今都の人間の方が厄介で救い様が無いのだ。


「僕、この大島サイクルを知ってます。昔、生意気な事を言って叱られました」

「そうか」


 実は六城、竹原に締められる前に大島サイクルでこっぴどく叱られた事がある。大島サイクル以外の店でも同じような事をした結果、各店で出入り禁止となり自分でバイクの修理をする羽目になった。


「今じゃ生意気を言ったなぁって思いますよ」

「そうか」


「バイクの修理を覚えるまで何回失敗して泣いた事か。それなのにプロを馬鹿にして値切るみたいな事をして……謝りたいけど出入り禁止なんですよ」


 店を継いでから初めて分かった今都住民のいやらしさ、あの当時の今都的な考えが間違っていた事は竹原に矯正された今の自分には分かる。両親が石油店を投げ出して農業に専念している理由もわかる。今都に生まれ育った自分からしても今都の住民はゴミ屑以下なのだ。六城は過去の自分を思い出して恥ずかしくなった。


「六城、何が有ったか知らんがバイクは綺麗にしとけ」

「はぁ、まぁ大事にしますけど」


 竹原は「そのうち儂が何とかしたる」と言い残し、六城石油を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る