2019年 1月 平成から次の時代へ
第294話 年越し
余り物で夕食を済ませた私たちは、お風呂を済ませてのんびりと晩酌をしていた。中さんは年越し蕎麦の準備があるからと少し呑んで寝転がっている。私は正月へ向けて酒飲みモードに助走中。ぬるめの燗を一杯やりながらテレビを見ている。ちなみに肴は炙った烏賊だ。中さんが「温燗には炙った烏賊やろう?」と焼いてくれたのだ。演歌か私は。
「お蕎麦は何時にしよう?」
「ん~、ビンタの時くらいでいいんじゃない?」
去年も笑うとお尻を叩かれるバラエティー番組で、某落語家がプロレスラーにビンタされたのを見てから御蕎麦を食べた気がする。ビンタが時報の様なもの。暴力やパワハラが問題視されている昨今だけれど、このビンタは伝統芸だと思う。ビンタされている本人は本気で嫌がっているみたいに見えるけれどアレは芸。国民は期待しているので止めないでほしい。
「今年は色々あったなぁ……」
「ホント、色々在り過ぎよ」
中さんが言うのも納得だ。居候から同居、そして同棲に発展して、ファーストキスしてからのしょ……やめておこう。思い出すだけで顔が赤くなるのがわかる。私だって恥じらいは有るのだ。年は取ったけど心まで老けてはいない。女の子はいつまでも乙女なのだ……。
「最近いろいろ思うんやけどな、人生って短いなぁって思うんや」
「急にどうしたの?」
コタツに寝転んだ中さんはボ~っと天井を見ながらポツポツ話し始めた。
「親父が……いや、親父だけじゃないな。何人かが言ってたんやけどな、人生は短いからボンヤリしていたらすぐ終わるんやて。まぁウチの両親は事故であっという間に逝ったけんどな……」
そんな中さんの話を私は烏賊を齧りながら聞いていた。火が通り過ぎていないのが良い。マヨ醤油とよく合う。
「最近どんどんスピードが出る気がする。今年はあっという間に過ぎた」
「私もあっという間。もうジェットコースターみたいな一年だったよ」
本当にめまぐるしい一年だった。ずっと一人で生きていくと思っていたのに気が付けばこうして二人で過ごす日々だ。
「あの時に覚悟を決めた……」
どの時だろう? キスした時か、それとも初めて私を抱いた時か。結婚式で誓った時だろうか。
「どの時?」
「あの朝やな」
私の脳裏に浮かんだ『あの朝』は初めてエッチした翌朝だ。破瓜の痛みで立ち上がれなかった私をヒョイとお姫様抱っこして運んでくれた時は「この人に付いて行こう」って思ったんだぞっと。一応確認しておこうっと。
「どの朝なの?」
「リツコさんがインフルエンザに罹った時やな」
「そこなの?」
「守ってあげんとアカンって思った」
そことは思わなかった。熱にうなされていた所におし……やめておこう。あの時は本当に恥ずかしかった。父以外の男の人にお尻を見せたのは初めてだったし、おし……やっぱり恥ずかしい。
『全員アウト~』
「アウトちゃうわっ!」
妙なタイミングで芸人が全員笑ってお尻を叩かれた。テレビからの声はもしかすると天の声だろうか、中さんにとって私と結婚したのがアウトだったのだろうか。
「そう言ってもらえると幸いや、さてと、お蕎麦の準備をしようかな」
もしかすると中さんは自分の事がアウトだと思っていたのかもしれない。とんでもない話だ。酒とインスタント食品で暮らしていた私に暖かい御飯を用意してくれて抱きしめてくれる男がアウトなはずが無い。私の方がよっぽどアウトだ。
「ふんふんふ~ん♪」
鼻歌だ。中さんは機嫌が良い時とお鍋をかき回す時は鼻歌を唄う。お台所から鰹出汁の香りがしてきた。
「リツコさん、お蕎麦に何乗せる~?」
テレビでから「ガァッデェェェム!」とプロレスラーの怒鳴り声が聞こえた。
「全部~! 中さん、もうすぐビンタが出るよ!」
「よし出来た。ビンタを見んと年を越せん!」
落語家がひたすら嫌がって、その様子を見た芸人たちが笑ってお尻を叩かれまくるのを見ながら年越し蕎麦を食べる。今思うと、一人で呑んだくれているうちに年が変わっていた頃は寂しい暮らしだったと思う。愛する人と過ごすのは良い。
「あ~っ! 中さんのエビの方が大きい!」
「子供か、ほなエビあげる」
じゃれ合っている所へテレビから気の抜けた声が聞こえた。
『全員 アウト~』
「「アウトちゃうわっ!」」
お蕎麦を食べて、テレビを見て笑い転げている間に年が変わった。今日から平成三十一年。五月からは元号が変わる二〇一九年、私と中さんの新しい一年が始まる……。
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