第275話 はぐれている刑事・大島サイクルへ
大島と高村が黄色く塗られたミニバギー改リバーストライクのフレームを眺めていると携帯の着信音が鳴った。
「あ、社長、ちょっとすいません」
「かまわんぞ」
今では珍しくなったガラケーを取り出した大島。
「はい、大島です」
『あ、おじさん、葛城です。今いいかな?』
「はいよ~、どうしたんや? パンクか?」
『ううん、カブは元気。ところで、おじさんは今都の人が嫌いなのは知ってるんだけど、頼まれてくれないかなぁ』
どうやら今都に住む刑事がスーパーカブの事で困っている様だ。葛城さんに泣き付いて来たらしい。
『おじさんは覚えてるかな、安浦って刑事なんだけど』
「もしかして何時かの『はぐれ刑事』か? 構わんよ。連れておいで」
『連れて行くのは嫌。行ってもらっていいかな?』
どうやらこちらの安浦刑事はドラマと違って嫌われ者らしい。
「何か知らんけどいいよ」
『ありがと、じゃあ言っとくね』
◆ ◆ ◆
葛城から連絡があった数日後、大島サイクルの前に白と黒のツートンカラーの1ボックスカーが停められた。珍しいカラーリングだが何と言う事は無い。高嶋警察署のクルマだ。桜の代紋にパトランプが付いている。いくら大らかな高嶋市と言え、ご近所に見られたら悪い噂が立ってしまう。
「悪いけど、別のクルマで出直してくれる?」
「荷物だけ降ろさせてください」
「アカン! こんなもん店先に停められたらご近所がビックリする!」
「はっ……はいっ!」
降りてきた安浦は荷物だけでも降ろそうとしたのだが、怒気をはらんだ大島の言葉に後ずさりして店を後にした。
「
黄色いフレームにはいくつかの部品が取り付けられていた。あらかじめ高村ボデーに頼んでいた加工により、ハンドル周辺とフロントカバーはスーパーカブの純正部品がボルトオンで取り付けられており、ハンドルロックもホンダ純正。燃料タンクはモンキー用の社外部品が仮付けされ、シートのヒンジもすでに装着済みだ。フロントタイヤはベアリングとハブボルトを国産部品に交換されてブレーキ込みで装着済み。リヤもジョルカブのエンジンハンガー以降を取り付けられて車体後方はエンジン周りを残すのみとなっている。
「エンジン周りをどうしようかな」
トリシティやジャイロシリーズの様にフロントもしくは後輪がスイングやリーンするなら少し大き目なエンジンを積んでも2種登録出来るが、今回はどちらもスイングやリーンをしない。だからミニカーとしての登録になる。ミニカーは合法的に時速60㎞まで出せるが50㏄未満でないと登録出来ない。
「車体が重いけど、排気量アップは違反やから49ccやな。ギヤを4速にしよう。軽いしバックは要らんやろう」
そんな独り言を言いながら作業を進めていると店先に軽トラックが止まった。荷台にはレッグシールドの割れや荷台の欠品があるスーパーカブが縛り付けられていた。
「これなら良いですよね?署で借りて来ました」
「私的な事で警察車両を使ったらアカンで、市民の税金で動いてるクルマで私的な用事に使うてなもん言語道断や」
こいつら公務員は節約とか無駄とかの概念が無いのだろうか? 警察だから何をしてもOK、自分たちがすべて正しいと思っているように思えて仕方がない。
「それはさておきいらっしゃい。地の今都民と違うそうで、この前は追い返してすいませんでした」
「いえ、葛城君から聞いています。事情があるんだから仕方ないですよね」
今都の人間に嫌な目に会わせられたのを葛城さんが説明しておいてくれたようだ。
「ところで、このカブを何とかしたいんですが、直りますか?」
「直らんカブなんか無いけど、どうしたんやこれ?」
外装が傷だらけのボロカブだ。見るからに買ってはいけないオーラが見える。安くで売っていたからか騙されて買ったかのどちらかだろう。
「放置車両で届け出て私の物になったんです」
「ふ~ん、勿体ない事をするなぁ。ちょっと見てみようか」
仕事中に拾ったカブを貰えるなんてラッキーな人だ。
「仕事上の特権やな」
「いえ、非番の時に届けたんで一般の人と同じです」
警察官とは言え非番の時に拾ったものは警察や交番に届けを出すそうだ。オイルは汚いけれど一応入っている。キックは降りる。程度はともかくエンジンは死んでいないと思う。
「ちょっとバッテリーを繋いでみよか」
テスト用のバッテリーを繋ぐと右前のウインカー以外は動いた。右前のウインカーも電球を交換したら点いた。電装系はそのままでも行けそうだ。スパークプラグを抜いて何回かクランキングさせてオイルを回しつつ、プラグコードにスパークプラグを付けてアースさせると火花が出た。付いていたスパークプラグは一応火花が出るが電極が丸くなっているのでまだマシな中古に交換しておく。
「これで初爆が有ったらキャブの掃除で走るようになるで」
スパークプラグにコードを取り付けてキャブにパーツクリーナーを吹き付けてキックすると動きそうな気配がある。2~3度パーツクリーナーを吹いてキックをしたらエンジンがかかった。
バルンッ……トットットットッ……プスン……。
少しうるさい気がするがタペット調整とオイル交換で何とかマシになるはずだ。エンジンは生きている。動かすだけならバッテリーとエンジンオイル、エアクリーナーにスパークプラグ辺りを変えれば良いだろう。タイヤは多少ひび割れがあるが、しばらく乗って調子が出てから交換しても良いと思う。
「これやったら安うで乗れる様になるけんど……ん?」
「あ、実は車体番号が削られて書類も出なくて所有者も分からないんです」
「それやと部品取りやなぁ」
「別のフレームナンバーは打てないですか」
「それはやったらアカン事や」
このカブを直すのは無駄ではないかと思う。別のフレームに全部を移植して組むとなれば時間も工賃もたっぷり貰わないと出来ない。それなら在庫にある婆様から下取りした角目カブを買う方がマシだ。
「カブやったら安い出物があるで。角目やけど3速セル付き50㏄が3万円」
「カブなら丸目が良いんですが、それよりも後ろにあるそれは何ですか?」
「ああ、アレは気分転換で作ってるトライク。カブのエンジンを載せて遊ぼうかなってな。リバーストライクで組もうかと思ってるんやけど、気になりますか」
「エンジンが無いですね」
元々はモトコンポ目当てで来た人だけに変わったバイクが好きな様だ。
「いっその事このカブの部品を使って直しますか?」
「値段次第ですね、20万円を切るなら買いますよ」
20万円なら悪くないどころか十分な利益が出る。
「OK、じゃあ20万円までで、どんなふうに使いたいとか……条件を聞こうか」
「仕事場に乗っていくんで後ろに箱を付けてください。あとはカブの雰囲気を生かしてクラシカルに……って、カブのハンドルが付いてますね。カブ感重視でお願いします」
「砂浜とか走らせるんやったらワイドタイヤにするけど」
「通勤と買い物に使うんで、オンロード重視で頼みます」
「一応手付金を願いできますか? 初めての御取引の場合はお願いしてるんです」
「えっと、2万円で良いですか?」
こうしてスーパーカブっぽいリバーストライクの買い手が決まり、作業は進みつつあったが、やはり初めての試みとあって上手く進まないのであった。
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