第276話 大島・タイヤが3本だと苦戦する

 はぐれ刑事こと安浦さんの注文でカブっぽいリバーストライク作りを続けているが、正直なところ苦戦している。色々な部品をあてがっては悩み、加工してはつじつまを合わせているとあっという間に時間が過ぎる。夕食のあとは作業に没頭して集中力が切れたら風呂に入って寝る。そんな数日を過ごしていたら、我慢の限界に達した妻が作業中にもかかわらず背中に乗っかってきた。放ったらかしにしたせいでご立腹らしい。


「か・ま・え♡」

「これ、手元が狂うやん」


「……かぷっ♡」

「……ああっ……甘噛みは止めて」


 あまりにも根を詰め過ぎていたようだ。寂しくなった妻が甘えてきて仕方がない。背後から抱き付いてくるのは最上級の甘え方だ。


「にゃうう~、中さん、かまってよぅ~」

「分かったから耳に息を吹きかけるのは止めて、こそばい!くすぐったい


 首にまとわりついて離れようとしない。


「お風呂に入って先に寝ておいて」

「新妻を1人で寝かせるつもり?」


 これ以上作業をするとミスしそうなので作業中止。作業の邪魔をするなんて許さん。お仕置きだ。首にまとわりついたままのリツコさんをおぶってお風呂へと向かう。


「この甘えっ娘め」

「にゃう~♡」


 お互いに背中を擦ったりしてお風呂タイム。そしてそのまま手と手が触れ、目と目が合い、唇と唇が重なり……(以下略)


 リツコさんはツヤツヤのピカピカになり、俺はくたくたになった。お風呂から上がって体を冷ましてからパジャマを着て、リツコさんは缶ビールを、俺は梅酒を水割りで飲みながら一息つく。


「なぁリツコさん、今日は随分甘えて来たけど何があったんや?」

「中さんが煮詰まってるからガス抜きをしてあげようかなって」


 ガス抜きどころか別の物も抜かれている気がする。


「ガス抜きか、最近少し作業に夢中になり過ぎやったな。ゴメン」

「ああいう遊び心の有る乗り物は眉間に皺を寄せて作っちゃ駄目よ」


 そんな事を言いながらリツコさんの細い指が俺の眉間に触れた。


「解決できるかどうかは別として、話してくれなきゃ。夫婦でしょ?」


 なるほど、心に余裕が無くなったのを見抜かれていたか。作業が進まずイライラしていたところへ助け舟を出してくれたわけだ。


「で? 三輪車はどんな感じ?」

「ん~進捗率七割くらいかなぁ」


 安浦さんが持って来た部品取りから降ろしたエンジンは遠心フィルターと下側の網を掃除した程度で車体積んである。ついでにオイルシール類を交換。電装も含めて移植済み。若干、配線の延長や短縮の加工は有ったがスーパーカブの配線図を見てトラブルシューティング出来るようにしておいた。燃料タンクも接続してリヤの足周りも出来ているから敷地内を試運転できる程度には形になっている。


「じゃあ、後ろ半分は出来てるんだ。何で悩んでるの?」

「フロントやな。エイプのフロントハブの部品を使ってメーターギヤを動かすところまであと少しってところ。合うメーターケーブルを見つけなアカンし、ワイヤリングもさっぱりわからんから配線も整頓せにゃならん」


 もう少しが進まないから作業が進まない。高村社長が「カブのレイアウトがそのまま使える方が良いやろう」なんて気を使ってくれたおかげでサイドカバーまでカブの物が使えて部品取りからジャンジャン移植できる(バッテリーケースまでカブの物が使えた)のはありがたい。ヘッドライトより後ろは配線はカブの物を全部移したと行って良い。ところがフロントの足周りはほぼ新造で、初めてする改造だから要領がわからず苦労している。


「私は(バイクに)乗るだけだから解らないけど、どうして前のタイヤがあんなに細いの? ミニカーのバギーってもっと太いタイヤじゃない?」

「タイヤは太ければ良いってもんじゃないで、普通に使うならあれで十分」


 四輪バギーは本当なら砂浜や路外を走るものだと思う。ところが安浦さんは普段の通勤や買い物に使いたいそうだ。それなら太いタイヤは燃費が悪くなるだけであまりメリットが無い。太いタイヤは轍でハンドルを取られたりしやすいので走行安定性の面でもどうかと思う。個人的見解だが、タイヤは必要な性能を満たしているなら細ければ細い程良いと思う。無意味なワイドタイヤなんて無駄だ。


「それにな、今回は後ろのタイヤがジョルカブやからな、釣り合いをとるのにあの位のサイズが良いんや」

「そっか、前のタイヤが太いのに後のタイヤがスクーターじゃ変だもんね」


 所々エイプのハブやメーターギヤ周辺の部品を使うので、メーターの事を考えるとその方が良いってのもある。メーターギヤとタイヤがセットならメーターにケーブルを繋げば正常に動く。入力何回転でメーターが何キロを示すかが規格で決められているからだ。


「モンキーやカブと違ってチューブレスタイヤやからパンクに強くなるんやで」


 チューブに穴が開くと即パンクなチューブタイヤに比べるとチューブレスタイヤは釘を踏んだくらいではエア漏れがする程度で、チューブ入りタイヤみたいに一瞬でペチャンコになることは少ない。


「で? どこで新妻を放ったらかしにするほど行き詰ってるのかな?」

「スピードメーターのギヤを加工するのにチョットなぁ」


やっぱり放ったらかしにしていたのをご立腹な様だ。 


「ギヤじゃなくって、受けの部品を加工しちゃダメなの?」

「そうか、閃いた。あの部品を加工したら行ける」


 リツコさんと話をしていたら閃いた。作業が一気に進むアイデアが浮かんだ。早速作業場に戻ってと立ち上がろうとしたのだが。


「ダメッ!」


 立ち上がろうとしたらリツコさんに止められてしまった。


「リツコさん、放して」

「やだ。今夜は……抱っこして……ギュッとして」


 寂しかったらしい。今夜は作業は止めだ。リツコさんを抱っこして寝る事にしよう。


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