第260話 先輩と後輩
大島が新婚旅行へ行っている間、当然大島は店に居ない。車輪の会の御隠居連中が居るので軽い修理こそできるのだが、何せ頑固を極めた爺さんばかり。正直なところ女子高生には近寄りがたい物が有った。そんな時に限って細かな故障はする物で……。
「瑞樹ちゃん、ウインカーが変やない?」
「ん?」
細かな故障が一番多いのは年式が古い瑞樹のDioだ。縦型エンジンのDioと言えば90年代のベストセラースクーター。エンジンは旧式だが電装も旧式。大島が点検をしてから納車したとはいえ、予想が出来ない故障は起こる。ちなみに1年生の仲良し5人組は故障が多い順に瑞樹・麗・四葉・澄香・今日子だったりする。何故か寄せ集めで作ったバイクの方がトラブルが少ない。
「めっちゃパカパカしてる」
「ホンマや、あ、後ろのウインカーが点いてない」
「アヤハディオ行って電球買わんなんやん」
「でも、ウインカーが点かんのに乗ったら捕まらへん?」
「どうしたの?」
5人が騒いでいるところへ声をかける者が居た。1年先輩の速人である。
「あ、本田先輩。ウインカーが点かへんのです」
「どうして帰ろうかなって相談してたんです」
「ん~っと、おじさんが言ってたけど、こうやって弾くと」
ペシペシと速人がウインカーを指で弾くとウインカーが点いて、点滅が普段通りの速さに戻った。これは大島から聞いた裏ワザ。切れた電球のフィラメントが一時的に通電によって溶接される。再び点灯すれば良いな~くらいの一か八かの応急手段である。成功率は低いし、あくまでも一時的なものだが修理までの時間稼ぎになる。
「一時的だから交換しなきゃだけどね。多分この電球ならウチにあるから帰りに直していく?」
「良いんですか?」
麗が心配するのも無理はない。2年生の本田速人と言えば『猿まわしの本田』と呼ばれる位に白藤理恵と一緒に居る。ところが先日喧嘩をして最近は別行動と聞いた。そんなややこしい状況なのに自分たち後輩の女子と一緒に居て状況が悪化するのではないかと思ったのだ。
「いいよ。工具も揃ってるから大丈夫」
「白藤先輩と喧嘩になりませんか?」
どちらかと言えばポヤっとしている四葉でも心配になる状況だが速人は何とも思っていないらしい。
「喧嘩になる程敏感だったらよかったんだけどね」
「「「「「?」」」」」
まだ恋愛の事が良く分からない5人は速人の言葉に甘えて家に付いて行く事になった。
◆ ◆ ◆
四葉の母が学生だった頃、高嶋高校の生徒が乗るバイクの6割程度が2ストロークエンジンだった。娘の四葉が乗るトゥディは4ストロークエンジン。時代と共に2ストロークエンジンの煙は消えつつある。本日、速人の家に停められた6台のミニバイクの中で2ストロークエンジンは瑞樹のDioのみだ。年々厳しくなる二輪車の排気ガス規制は高嶋高校の学生たちにジワジワと影響し始めている。
「12
大島に作業を習っているせいか、最近の速人は口調まで大島に似始めた。これは学年に何人か居る大島サイクルへ入り浸る生徒に多い特徴だったりする。卒業後も進路先でバイクや機械を修理する時にこの癖が出ると『あれ、もしかして大島のおっちゃんの店で買った?』と思わぬ会話が広がったりする。
閑話休題
「本田先輩は白藤さんとお付き合いしたはるんですか?」
「ん~?」
いきなり切り込んだのは澄香である。猿回しの本田と言えば湖岸のお猿と呼ばれる白藤理恵に勉強を教えたり、一緒に通学したりで1年生の間では小さなバイクに乗ったお似合いのカップルと思われているからだ。ところが先日、澄香たちは駐輪場で大喧嘩をする2人を見てしまった。
「この前、喧嘩してはるのを見ました」
パッチワークなトゥディに乗る今日子は速人の道具小屋に置いてある缶スプレーに興味があるらしい。格安(どころの安さではない)で買ったとはいえ少し目立ちすぎるのが気になっている様だ。
「付き合ってないよ。今はね、はい、ウインカー点けてみて」
「はい。あ、直った」
「ついでに逆も見ておこうか、ここを外してっと」
念の為と速人は左後ろだけではなく、全部のウインカーを点検し始めた。右のウインカーと左のウインカーはどちらが多く点滅するかと言えば、まぁ似たような物だろう。つまり、左のウインカーの電球が切れたら右も怪しいと言う事である。
「右の後も電球が黒ずんでるから寿命が近いかも。換えておくね」
「すいません」
(いい人やん。何で
四葉は速人に出されたお菓子を食べながら作業の様子を見ていた。そして、ふと速人の一言を思い出して違和感を覚えた。
(『付き合ってないよ。今はね』……今は? じゃあこれからは?)
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