大島は新婚旅行中
第259話 高畑夫妻・泥棒を撃退
昼は
「げヴぉふぉ~い♪」
「夜はジジババしか居ね~から楽勝~♪」
倉庫内は政幸の手で赤外線センサーとカメラを取り付けてあるが、敷地内までセンサーやカメラは無い。庭にカメラを付けるとご近所に何事かと思われる。家屋や庭まで警備を張り巡らせると野良猫やちょっとした風でも警報が鳴って起こされてしまう。家屋の警備はセンサーで点くLEDランプと踏めば音が鳴る砂利くらいだ。
「アンタ等、何が楽勝なんや」
「ジジババで悪かったなぁ」
敷地内へ侵入したコソ泥を待ち構える者が居た。姿勢が良いお爺さんの政幸と、割烹着が似合うお婆さんの志麻だ。
「こら、子供は寝る時間やぞ」
「こんな時間に人のお
LEDランプに照らされたコソ泥はホッとした。見つけられたとはいえ相手は老人。自分たちは竹刀と木刀を持っているから戦闘力は上。ボコボコにした後でゆっくり物色すれば良い。何か有っても自分たちは栄光の街、今都の大事なお子様だ。街の宝なのだから何をしたところで問題は無い。
「何ギャ、ジジイとババァかヴっ殺されてえのぎゃ!」
「
大阪から高嶋市へ引っ越してきた高畑夫妻には今都言葉は理解できなかったが、少なくともこの二人組が自分たちに敵意をむき出しにしているのは解った。
「ボクちゃんたち、良い子はお家へ帰っておねむの時間ですよ」
「げヴぉ?笑わせやがる」
「てめえらこそお寝んねの時間だぜ!」
志麻が優しく諭すが、コソ泥たちはかえって怒り始めた。もっとも志麻も言葉こそ優しいが最初っから煽っているのだが。
「坊主、おとなしく帰って寝ぇ、今やったら笑うて帰したる」
竹刀と木刀を持ったコソ泥に対し、志麻の両手にあるのはお玉。味噌汁や汁物をすくうステンレス製のお玉である。一方の政幸の手には木製の衣紋掛。どう見ても老人がそこら辺にあった物を手にしているだけにしか見えない。
「往生せいやゴルァ!」
「げヴぉっふぁ~!ヴォケが!死ねっ!」
激高したコソ泥が老夫婦に襲い掛かった。
「キエェェェェイ!」
「甘い」
パシィッ!
気合一閃、振り下ろされた竹刀を志麻の左手に構えたお玉が受け止めた。
「夜に
すかさず右手のお玉はコソ泥の頭に振り下ろされた。
ヒュッ!パカンッ!
「お行儀が悪い子にはお仕置きや!」
パカンッ!ポコッ!
「~~~~~~!」
志麻は振るったお玉でコソ泥の頭に声が出ない程に強烈な一撃を叩き込んだ。丸いお玉は局所的な圧力を血管に与え、無数の痣とたんこぶを作り出した。お玉は巧みに竹刀の勢いを受け流し、コソ泥の竹刀は志麻の体に一撃も与える事が出来なかったばかりか、お玉の鋭いエッヂでいとも簡単に切り刻まれてバラバラになった。
「ヒィィィィ……ぼ……ボクちゃんの竹刀がっ!」
「ワテの
一方、政幸は木刀で殴りかかってくるコソ泥に対して衣紋掛を得物に戦っていた。衣紋掛とは服を吊るすハンガーの事である。だが、ここで『木のハンガー』と表してしまうと、この後起こる全てが予想されてしまうので衣紋掛としておく。
「男の喧嘩は一生に一度。命を懸けてかかって来い」
ヒュンヒュンヒュンヒュン……政幸の両手に持った衣紋掛が空気を切り裂く。
「げヴぉるっふぁ~っ!」
「ハッ!」
ガシィッ!
政幸の左手の衣紋掛はコソ泥の木刀を弾き返した。
「ウソっ!」
コソ泥が驚くのも無理は無い。政幸の衣紋掛はナ〇コで売っているごく普通の木で出来た衣紋掛だったからだ。5個セットで1000円の衣紋掛だ。
「ハッ!ほっ!」
バキッ!コ~ン!
カウンターで右手の衣紋掛がコソ泥の木刀をへし折り、さらに反動を利用して振り回された左手の衣紋掛がコソ泥の頭にタンコブを作った。
「はいぃぃ~!」
バキィィィィッ!
政幸の木で出来た衣紋掛は武道家のヌンチャクの如くコソ泥の攻撃を受け止め、簡単に木刀をへし折った。得物を失ったコソ泥は拳で戦おうとしたが、尽く衣紋掛に弾かれた。
ドスッ!
「ウゲェェ!」
政幸は衣紋掛をヌンチャクのように振り回してコソ泥を殴り、時には持ち替えてトンファーの様に使って突きを腹や急所に叩きこんだ。木製の衣紋掛は針金やプラスチックで作られた物と違う頑丈さと重さでコソ泥の体力と気力を奪い続けた。
「きれいな月を見てたのに台無しや。月に代わってお仕置きしたる」
「アンタ等、覚悟しいやぁ……悪い子は『メ《滅》ッ』やで」
「「げヴぉ~!!」」
※恐怖している時に発せられる方言。一般的に『ギャー!』と表される。
「まったく、気配も消さずに忍び込むとは馬鹿者め」
ポカッ!
「ワテらの若い時やったら、アンタ等命無いで」
ポコッ!
月明かりの元で、得物を無くしたコソ泥はひたすらこの後、延々と老夫婦に叩かれ続けた。
―――――数分後―――――
「お年寄りに手を挙げよって……悪い奴や」
ポコッ!
「夫婦水入らずを邪魔しおって……無粋な奴め」
コンッ!
―――――数分後―――――
「木製が……木製が……木製怖い……」
「お玉怖いお玉怖いお玉怖いお玉怖い……」
仁王立ちして睨みつける政幸と志麻の視線の先には、コブで凸凹の頭になってブツブツと呟くコソ泥の姿があった。2人とも某元プロレスラーの様にガラガラ声になってしまっている。
「最近の若い衆はひ弱やのぅ」
「主婦をなめたらぁ、あきまへんでぇ」
木刀と竹刀で高畑夫妻に襲い掛かった二人は志麻のお玉と政幸の衣紋掛で退治され、猿轡をされて荒縄で身動き一つできない様に縛られていた。騒いでご近所迷惑にならない様にと志麻が気を使ったのだ。そんな気を使わなくとも政幸が二人の声帯をしこたま衣紋掛で突いて潰してあるので心配は無いのだが。
「『B』ルートで始末したらアカンのか」
「志麻、あのお方の名前は出したらアカン。ポリ公に引き渡したらよろしい」
110通報をしたが、夜勤で人手不足とあって時間がかかるらしい。対応した高嶋署の警官は県警本部の対応がどうとか、面倒だとか言っていたが何とか来てくれることになった。
「高嶋のポリ公はなかなか来んのぅ」
「パトカーを注文してるんと違うかぁ?」
のんびりと10kmの距離を1時間かけてパトカーが来た。ノソノソと降りてきた警官は荒縄で縛られたコソ泥を見て慌てふためいて2人を問い詰めた。
「お元気なのはわかります。ご老人がお留守番をされている所に不審者が来て必死になったのも分からないではないのですが、やり過ぎではないですか」
政幸と志麻は流石にやり過ぎだと警官に注意をされたりしたが、一芝居を打ってやり過ごした。
「か弱い老人が必死で身を守っただけやのに、世間は弱者に厳しいのぅ」
「最近の警官は老人より悪人の肩を持つのかのぅ……お婆ちゃん悲しい」
か弱い老人が必死になって身を守ったとあってはどうしようもない。政幸と志麻の正体を知らない警官はコソ泥を連れてスゴスゴと帰るしかなかった。
後日、このコソ泥二人はホームセンターや金物屋で木製ハンガーやお玉がどれだけ危ないかを熱弁して販売停止を各店で訴えたが、その度に営業妨害として警察に引き取られる事になった。
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