第248話 泣き黒子
まだまだ日中は暑い日があるけれど、夜は涼しくて過ごしやすい日が多くなってきた。くっついて寝ていても暑くない。
「ふぅ……今夜はこれでお終い」
「はい、ありがと」
マッサージをしてもらった後は腕枕をしてもらって寝る。幼い頃、父にせがんでしてもらった腕枕は大人になってからも大好きだ。エッチな事と同じくらい好きだったりする。中さんにくっついて寝るのが好きだ。
眠るまでの間は少しだけお喋り。今夜は私の第一印象の話になった。
「性格がきつそうとか男性経験が多そうとか思われるんだけど、中さんから見た私の第一印象は?可愛かった?ドキドキした?」
ちなみに私が中さんに初めて会った時の印象は『お父さん?』だった。男性と言うよりお父さんなんて失礼極まりないから言わないけどね。
「初めて会った時にこの
「そう?『泣き黒子』って好きじゃないんだけどなぁ」
彼は体の向きを変えて私の顔をプニプニと
私の左目の傍に
「色っぽくて良いと思うで。リツコさんによく似合ってる」
「そう?これがあると一生泣いて過ごす羽目になるって聞いたわよ」
「そんなに泣いてるんか」
私には泣いていた思い出が多い。保育園のバスで泣いたのが一番古い思い出だ。自転車で補助輪を外した時に転んで泣いた事も覚えているし、おもちゃを買ってもらえず泣いたりしたのを覚えている。まぁこれに関しては悲しいと言うより痛かったり我儘が通らなかったりだから何て事は無い。
「ふ~ん、まぁそれ位やったら俺もあるで」
「まぁ小さな頃なら泣いても周りに人が居たからね」
痛い思い出ならまだ良い。物心ついてからの哀しくて泣いた思い出も結構ある。一番大泣きしたのは父が亡くなった時だと思う。起こそうと揺らした父の体が冷たくなっていた時はショックだった。あれ以上の衝撃は無いと思う。思春期の少女にはきつい思い出だ。保健室でカウンセリングをやっているけど同じ状況で相談に来られたらどう対処して良いか分からない。
「まぁ、あれやな。心の準備が出来てないと辛いよな」
「わかってくれる?」
「わかるで、俺のところは両方が事故で逝ったから」
私の髪をいじりながら中さんがポツリと漏らした一言は重みがあった。私は父だけだったけど、中さんは両親が同時に事故で亡くなった。
「
「泣いた?」
「全部が終わってからドッと来たで。張りつめた気が抜けた時にな」
「私はずっと泣いてた」
葬儀や諸々で悲しむ間も無いほど忙しくて、全てが終わってから虚無感や喪失感が襲ってきたんだって。私は大好きだった父が急に居なくなった寂しさで泣き続けていた。そう言えば母は泣いていなかった気がする。
「母は泣いていなかったわ」
「お義母さんも気が張り詰めてたんやろう」
その後、祖母も亡くなった。学校にかかってきた電話で祖母の危篤を知らされて病院へ駆け付けた時、祖母はすでに息を引き取っていた。そんな祖母の口癖は『女の子らしゅうならんとアカン』だった。
「包丁で指を切って泣いた事も有ったな」
「リツコさんらしいで。料理はボチボチ覚えような」
『女らしい』の条件に料理があるのはいかがなものか? 昨今は料理が上手な男性が多い。私の婚約者であり、腕枕をしてくれている中さんもその中の一人だ。
「女の子らしくってどうすれば良かったのかなぁ」
「さぁ?お祖母さんの頃と時代が違うからなぁ」
掃除・洗濯は人並みに出来ていると思う。でも料理は壊滅的に出来ない。私は祖母が言っていた『女らしさ』は足りなかったのだろう。おかげで大学時代は勉学とバイトに励む毎日、彼氏どころか友人も少ない。結婚に関しては母に先を越されてしまうという有り様。
「母がね、『会って欲しい人が居る』って彼氏を連れて来た時は泣いたよ」
「どんな状況か想像が出来んわ」
あの時の気持ちは何とも言い表す事が出来ない。とりあえず『母さん、娘より自分の男を選んだのね』とは思ったけど。今思うと大学時代は実家に戻る事がほぼ無かったから母も寂しかったのだろう。
「だろうね。で、母の二回目の結婚式でも泣いて、母が嫁いで一人っきりになった時も泣いて、一人っきりでインフルエンザで寝込んだ時も泣いた訳だ」
「それで『ふぇぇ……ひとりにしないでぇ』やったわけやな」
インフルエンザで心細くなって思わず言った事を覚えてる。
「そうよ」
パジャマの隙間から彼の胸に手を這わせる。フワフワとした胸毛が気持ち良い。ぬいぐるみとまでは行かないけど暖かくて気持ち良い。
「余計な事は忘れて……えいっ!」
ブチッ!
「あ痛っ! も~、何ちゅうことすんねん」
腹が立ったから乳首の周りに生えてる毛を毟ってやったw
「まぁ、寂しさもそのうち慣れたけどね」
「それは俺も。両親が亡くなった後もいろいろあったからなぁ」
「桜さんね」
「うん」
桜さんは中さんの婚約者だった人。
妊娠していた婚約者が駅で襲われて、お腹の赤ちゃんも一緒に亡くなった。そんな重すぎる過去を彼は背負って生きている。
「あの時は泣いたなぁ。涙が枯れ果てると思った」
そのあとで先代のお爺さんから店を買って、大島サイクルを開店。順調かと思っていたら思わぬ出来事が彼を襲ったらしい。
「その後な、おたふく風邪でアレをやられてな。やっぱり泣いた」
「そう、悪い事を思い出させてゴメンね」
「ええんや、これからも一緒に居るんやから俺の事を知って欲しい」
「うん」
その後は特に泣くような出来事も無く、中さんはひたすらバイクを修理して過ごして来たんだって。バイクの修理に日々の生活。新しい恋どころか日々の生活に追われて過ごしていた所へ転がり込んだのが私なわけだ。
「何かな、迷い猫が来たみたいで可愛らしいてな」
「私はニャンコか、うにゃ~なでれ~」
ねだったらギュッと抱きしめてナデナデしてくれた。
「葛城さんが女性とわかって泣いてたなぁ」
「アレは晶ちゃんにとっても黒歴史なのよ」
大島家に迷い込んだ私はいつの間にか餌付けされて家猫になった。実家は借家にしたからもう帰る場所は無い。私の住処はここ。そして、御主人様は中さん。もうすぐ本当に主人になる。
「ウチに来てからも何回か泣いてるなぁ」
「コタツを片付けた時と、あの、その、えっと」
「初めてのエッチの時やな」
「言わないで、恥ずかしいんだから」
「可愛らしかったで。翌朝は元に戻ったけど」
「痛かったのと嬉しかったのでゴチャゴチャだったのよ」
初めてをささげた時の気持ちは何とも言い表せない。最近の子は若くで済ませてしまう事みたいだけど、後悔はしないのかな?『女は男を渡り歩いて磨かれる』なんて聞いた事が有るけど、本当に愛するなんて一人で充分だと思う。
「もう泣かさへんで」
「そう? 結婚式で泣いちゃうわよ、私」
「嬉し涙はノーカウントや。リツコさんは俺にとって女神や、泣かせるようなことをしたら
「女神なんてなれない」
男と女は愛を紡ぎながら歴史を作る。これから私は中さんと二人の歴史を作って行くのだ。多分だけど、中さんの望む女神にはなれないと思う。でも、女神なんてなれないまま私は生きる。
「私は大島家に来た迷い猫。出ていかない様にしっかり愛してね」
「うん、神に誓ってリツコさんを幸せにする。だから改めて言うで。ずっと一緒に居ましょう」
改めて言われると胸の奥が熱くなる。
「……はい」
「また泣かしてしもた」
私の泣き黒子が悲しみの涙で濡れるのは当分無さそうだ。
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