2018年8月 溶ける様な暑さ
第234話 低予算なお客様①
カブやモンキー等のホンダ横型エンジン搭載車が得意な大島サイクルだが、スクーターも売っている。中途半端に古くて普通のバイク店なら売らないが、捨てるには惜しいスクーターの消耗品をチョイチョイと交換して並べて置く程度だ。ところがこれが学生たちの通学手段として案外売れる。
そんな大島サイクルの店先でため息をつく少女が居た。
「ハァ……七万円かぁ……」
「いらっしゃい、何かお探しかな?」
店主が声をかけると少女は尋ねてきた。
「あ……あの……もっと安いバイクは無いですか?」
大島サイクルの店先に並んでいるのは比較的安めの中古スクーターなのだが、これより安い物も有る事には有る。
「有るけど……お嬢ちゃん、訳ありか?」
「えっと自転車より楽で、電車より便利かなぁって……」
いきなりズカズカと店に入って来て「五千円でバイクをよこせ」等と言う輩は論外だが、事情があるなら可能な範囲で要望は聞く。もっとも、正直に話せばの場合だが。
「通学か?立ってるのも何やから休んでいき。冷たいもんでも飲むか?」
「あ……はい……いただきます」
冷蔵庫から出すのは例によってサイダー。大島はコーヒー好きだが、夏はサイダーを飲むことが多い。最近腹が出て来たので飲んでいなかったが、糖質OFFのノンシュガーのサイダーが出ていたのでアイスコーヒーと併用して飲んでいる。
「まぁ大したもんは出せんけど、どうぞ。予算とか使い方次第やけど、車体以外にもバイクはお金が掛かるで。保険にガソリン、走ればオイル交換もせんならん」
いくら低予算とは言え無保険で走るなんて許されることではない。せっかく買っても維持できなければ何ともならない。
「両親が離婚して、祖母の家に来たんです。そこから高校へ通うのに便利かなって。でも、祖母に負担は掛けたくないし、でも駅までも遠いし……」
「家は何処や?」
「武曽横山です」
武曽横山と言えば高嶋町の山側にある集落だ。JR湖西線の近江高嶋駅から離れているし、高低差もかなりある。
「駅から遠いな、そらバイクで通うのが
「二万円くらいで」
二万円なら何とかなると安心した俺だったが、少女はとんでもない事を付け足した。
「保険代込みの二万円台で何とか…」
「かなり厳しいな、何とかしたい所なんやけどなぁ……」
◆ ◆ ◆
「保険代込みで二万円台の原付? 無茶言うわね」
リツコさんが驚くのも無理はない。バイクを乗る時に必ず入らなければいけない自賠責保険は複数年まとめて入ると割安になる。一年ごとに入り直すより一年辺り半額くらいになったと思う。それでも予算の大部分の約¥一三〇〇〇が消えてしまう。
「『二万円代』やから残りはフルに使って約¥一六〇〇〇……ん?」
リツコさんが不機嫌だ。頬を膨らせてプンスカ状態。理恵がやると子猿が怒ってるみたいで可愛いのに、フルメイクの彼女がする見た目と中身のギャップが何とも微笑ましい…と言うか笑える。
「何を膨れてるんや?」
「だって、中さんを馬鹿にしてるみたいなんだもん」
リツコさんの言わんとする事はわかる。ヘレヘレと笑いながら同じ様な事を言って来られたら塩をまいて追い返すところだ。ところが今回は事情がある。教師には守秘義務があって全部は言えないと思うけれど聞いてみるか。
「けっこう複雑な家庭環境の子で予算が無いみたいや。心当たりは有る?」
「業務上の秘密よ、有っても言えないの」
それもそうか。
「とにかく予算が無いからなぁ…何とかしてやりたいけどなぁ、キチンと走る様にするには整備もせんならんし、安いスクーターは結局修理せんならんから、下手すると部品代だけで赤字やで」
「どこから通う子?」
「武曽横山やって、高嶋町の山側の子やな」
「横山かぁ……じゃあ自転車は厳しいわね。でも、どうしてウチに来たのかな?」
言われてみれば高嶋町には自転車とバイクを扱う小さなお店は有る。でも武曽横山からそこまで行くのとウチへ来るのだと距離が変わらない。
「武曽横山からやとウチは通り道やなぁ、それでと違うか?」
「そっか、通りがかって覗いたのかもね、でもどうするの?」
「どうしようかな……リツコさんの知り合いで原チャが余ってる人って居る?」
「そう思う時に限っていないのよね~」
原付は欲しいと思う時に限って売りたいと店へ持って来る人が少なくて、在庫がある時に限って持ち込まれる家庭菜園のトマトやキュウリのような物だ。欲しい時に無くて要らない時にたくさん出て来る。
「多少の整備はしてから渡すから、部品代を考えんとなぁ」
「車体がタダなら整備代がかかるもんね、ジャイロみたいに」
我が家へやって来たジャイロXは車体は只同然だったのに部品代で大出費になってしまった。車体が安いからと手を出すとしっぺ返しを喰らう事が有る。
「オークションは?」
「ネットオークションは現物を見んから怖いで」
近頃流行のネットオークションは安いが現物確認できない場合が多いので心配だ。自分で取りに行くならまだしも送ってもらえば送料が高くつく。
「じゃあ、中さんがジャイロを買った買取業者さんは?」
「あいつ等は売れるバイクは自分で捌く」
「そっか、じゃあどうしようもないね」
「何とかしてやりたいけどなぁ…」
リツコさんに相談したけれど答えは出せなかった。
別の物は出た。
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