第233話 伸屋 多緒・4人組に喧嘩を売る

 伸屋多緒のぶやたおは、イライラして仕方が無かった。通学に使うつもりで修理させた小さなバイク偽モンキーは紛い物で、修理はエンジン載せ替えで時間が掛かり、免許はなかなか取れずに中古の軽自動車が買えるほどの追加料金を払ってとる羽目になり、挙句の果てに高校受験に失敗してしまった。


「くそっ……面白く無ぇ」


 仲の良い友人は安曇河高校や大津方面の高校へ進学し、一緒に高嶋高校を受けた友人たちは高校受験失敗の影響で引きこもりや県外に出て行ってしまったりで会う事もままならない。


 仕方が無く今都町内唯一のハンバーガーショップでポテトを齧っていると、決して新しいと言えない4台のミニバイクが信号待ちをしているのを見つけた。


「暇潰しにあいつらをおちょくって遊ぶか♪」


 多緒は萎びたポテトを放りだして愛車に跨った。


     ◆     ◆     ◆


「暑いね~、おじさんの所寄ろっか?」

「いいね~冷たい物飲みた~い!」

「アイスとか無いかな?」

「お菓子も買って行く?」


 そんな会話をしながら走る4台は先頭から澄香・瑞樹・四葉・麗の仲良し4人組。


「ウチのエアコンが使えたらよかったんだけどね~」


 麗は「みんなで集まるんやったらウチでエアコン掛けて涼んだらええやん」と兄に言われて備え付けのエアコンを点けようとしたのだが、エアコンはスイッチオンと同時に『ボフ』と愉快な音を立てて止まってしまった。夏真っ盛りとあって修理業者はてんてこ舞い。大家は新品に交換してくれるとは言うものの、やはり電気店も忙しくて1日2日では来れそうもない。幸いな事に高嶋市は田舎町で風通しが良いのだが、やはり昼間は35℃を平気で超える。


 他の3人の家に集まる事も検討されたのだが、瑞樹の家は扇骨作りで騒がしく、四葉の家はバイクに乗りたがる超危険人物が存在し、澄香の家でエアコンをかけると電気代が生活費を圧迫するだろうという事で却下となった。


 そこで生徒が利用するのは高嶋高校の図書館。宿題するも善し、読書するも善し。エアコンが効いた癒しの空間である。まぁ4人の家から10㎞の距離は有るのだが、昼ご飯を挟んで6時間も居れば十分涼める。


 課題を片付けた4人が暑さで溶けそうになりながら隊列を組んで走っていると後ろから丸いヘッドライトが左右に振れながら迫って来た。


「みんな~!煽られてる!」

「無視無視!」

「刺激せんように行くよ!時速60㎞キープ!」

「隊列を崩さん様に!」


 国道161号バイパスを走る4台の後にはホーンを鳴らしながらローリングする小さなバイク。俗に言う『煽り運転』である。


(うわ……まるで狂おしく身を捩る様に迫ってくる……)


 最後尾の麗は煽って来るバイクをミラー越し見て思った。通報して検挙されれば免停180日になるらしいが、今はハンドルを握るので精一杯でスマホどころでは無い。


 平成初期に『高嶋サーキット』と呼ばれた国道161号バイパスを4台のミニバイクはひた走り、1台は追う。ところが、煽る側のバイクの方が離され始めた。


「くっ……何キロ出してんのよっ!メーター振り切ってるじゃないっ!」


 実際は60㎞/h出ていないのだが、多緒のバイクは中国製の中でも品質が怪しい所の製品。80㎞/hまで目盛が刻まれたメーターはとっくの昔に振り切っている。


「グニャグニャと……車体が捩じれてる?」


 フレームは錆と溶接部の鋳込み不良でグニャグニャと捩じれる。


「40万円もしたバイクなのに!国産車はやっぱり駄目ねっ!」


 残念ながら多緒のバイクは中国製だ。日本製ではない。グニャグニャな剛性不足のフレームと、まともに表示しないメーターの視覚効果によって恐怖は倍増。多緒はハンドルにしがみ付いて必死だった。そのハンドルも緩み始めて来たのかガタガタと振動している。最早煽るどころではなく付いて行くだけで必死。それでもスロットルを開け続けてブロックタイヤの振動など何のその。


(誇り高き栄光の今都市民が負けるはずが無いっ!私は今都なのよっ!)


 真旭を過ぎて多緒は何とか4人に追いつく事が出来そうになった。路面が少し下りになったのだ。


(走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れっ!このポンコツがぁっ!)


 ハンドルはガタガタと振れてメーターの針は振動で外れた。多緒は必死にハンドルにしがみ付いている。もう前以外は何も見ていない。


 カランッ!


 と何かが落ちた音がした。その時……


 パウ~『はい、そこのミニバイク、停まってください』


 背後からサイレンが鳴り、白バイが多緒を追い抜いた。


『は~い、そのまま付いてきてくださいね~』


 誘導する白バイに付いて、多緒は国道161号バイパスを降りた。


     ◆     ◆     ◆


「ふ~ん、あおり運転なぁ、高嶋でも居るんやなぁ」


 煽り運転から逃げてきた4人は命からがら大島の店に着いた。そんな4人を見た大島はサイダーとアイスキャンデーでもてなしたのだった。


「多分、モンキーやと思う」

「おっちゃんの所のお客さん?酷いあおり運転やったで」

「遅かったから振り切れたけど、怖かった~」

「あいたたたた……頭が痛い」


 若干1名アイスで頭が痛くなった者が居るが、4人とも怖い目に会ったらしい。


「煽り運転は免停180日やったかな?煽るくらいやったら追い抜いたらエエのにな、で、白バイが停めたんやから現行犯で言い逃れも出来んわな。アホやで」


 サイダーを飲み、アイスを齧る4人を見ながらぼやく大島であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る