第186話 新年度スタート
さて、4月となり新年度がスタートした大島サイクル。ところが週明けの平日にもかかわらずシャッターは閉まっている。
『本日臨時休業 急用の方は携帯まで 店主』
前年度に生徒が違法に登録したバイクで単独死亡事故を起こした事が在って、大島を含めた高嶋市のバイク販売業者は高嶋高校で行われる点検へ行く事になったからだ。
「あのなぁ、学校からのプリントはキチンと見せなさいってお母さんに言われんかった?急に出て来いって言われて行けるもんと違うんやで?」
「うう……ごめんなさい」
この朝、リツコに点検の事を書いたプリントを見せられた大島。今日は店を開けずに午前中は作りかけのバイクを弄り、午後から高嶋高校のバイク点検へ出かけることにした。何だかんだで大島はリツコに対して甘いのである。
「よっしゃ、何だか解らんけどバイクらしき物が出来上がったな」
大島の前に在るのはホッパー125と言うバイクを有り合せの部品で直した物。125㏄のエンジンはカブ90改のエンジンに積み替えられ、タイヤはオンロード用。タンクやシートも車種も解らないジャンク品ででっち上げたバイクだ。モタードだったホッパーが何とも表現しようの無い独特なスタイルになった。
キーをONにして燃料コックを予備タンク側へ回す。チョークを引いてセルを回す。
キュルキュルキュル…スポン…ポンポンポン…
形は奇妙奇天烈でもエンジンはスーパーカブだからほとんど同じ音がする。
ブイン・ブインッ…ブブブブ~ン…タンタンタン…
空ぶかししてもカブと同じ。マフラーが違うから少し元気良く回る感じだ。ナンバーが付いていないので敷地内を少しだけ走る。特に異常は無し。
「カブのエンジンが載ったロードバイク?スクランブラーってこんな感じかな?」
我ながらよく出来たと悦に入っていると、出掛ける時間が近付いてきた。
◆ ◆ ◆
今都町に有る滋賀県立高嶋高等学校。我が母校だが交通の便が悪い。通勤・通学時間帯は何とか30分に1本の電車があるのだが、それ以外は1時間に1本。しかも駅から学校までは20分ほど歩かなければならない。今都と言う街は特に時間つぶしをする店も無く治安が良くない。市の防災情報メール『ナウ高嶋』での不審者情報は九割方が今都町。そんな街で遅くに歩いたり駅で電車を待つのは非常に危険。なぜこんな所に学校を建てたのか疑問だ。交通に不便な地域だからバイク通学が許可された経緯を持つ。
「お集まりいただきましてありがとうございます。生徒指導の竹原です」
サングラスを掛けたゴツイ体の生徒指導。生徒指導って俺たちの頃からこんなのばっかりだ。リツコさんの話によるとボクシングをやっていたとか。サングラスは眼を隠す為。サングラスの下にはもっと怖い虎の様な目が隠れているとか。
「今回は地域ごとに別れて点検します。各地域で分けてありますのでよろしくお願いします」
教師の指示で各地域のバイクの元へ行く。安曇河町の担当はリツコさんだ。
「おい、あれってお前と一緒に住んでる女の子やな?」
「そうや。ちなみに女の子って歳と違うからな」
若く見えてもリツコさんは……あまり歳は言ったらアカンな。三十路だ。
「おい、こっち見てるぞ」
「そうやな、ちょっと反応しとこか」
こっちを見たので軽く手を振ったらはにかんで振り返してきた。ちょっと可愛い。
安曇河から通う生徒のバイクは整備が行き届いたものが多い。これは自動車関係の商売をする連中の集まりである
真旭・高嶋・朽樹は整備業者が点検をしているが、蒔野・今都のバイクは警察と教師だけで点検している。今都はバイク店が無い。農機具店に出している者も居る様だが整備が行き届いていないバイクが多い。
「大島ちゃんよ、例の話は知ってるか?」
「大津のバイク屋からの話か? 引取り賃の話やろ?」
安曇河を始めとする各街で嫌われて整備を断られた今都のバイク乗りは整備工場を求めて南下し、浜大津まで行ったらしい。そこまで行くと無料で修理引取りなんか無理。浜大津のバイク店が引取り代を請求したら文句を言われたので整備お断りしたそうだ。今では草津まで整備に出そうとしている連中もいると聞く。まぁ例によって断られているらしい。そのうち琵琶湖一周する事だろう。
本年度から高嶋高校のバイク通学の規定が厳しくなった。学校から2キロ以内はバイク通学禁止。成績不良・素行不良が多いBコースの生徒は原則バイク通学の許可はされない。バス路線が在る場合はバス通学をする様に勧められる。もしも規則を破れば処分が下される。実質、今都の生徒からバイクを取り上げる校則になった。
高嶋・安曇河・真旭の南部地域と朽樹のバイクは難無く検査に適合。ナンバー裏に特殊なシールが貼られた。一方、今都・蒔野の北部地域のバイクは点検が終わらない。
「お疲れ様です。安曇河各店のバイクは無事点検終了です。ありがとうございました」
南部と朽樹の整備士は解散となった。
「磯部先生、こちらの点検もお願いします」
「はい」
リツコさんはウインクして今都のバイクが集められた方へ駆けて行った。
◆ ◆ ◆
日が暮れてしばらくしてからリツコさんが帰って来た。
「ただいま~」
「お帰り。今日はお疲れかな?」
「うん。先にお風呂に入っちゃおうかな?メイクも落としたいし」
「お湯は入れてあるから入っておいで」
「うん」
今日の彼女は公式行事用のフルメイク。通称タイプ1だ。あるマンガの三姉妹に例えると長女な様なセクシーな感じの顔をしている。
アニメや漫画で三姉妹が出て来ると、色っぽい長女・清楚な次女・元気な三女になってる気がするけど、同じ親・同じ環境で育ったなら三人とも似た感じになるはず。俺はそう思うんだけど、実際はどうなんだろう?
リツコさんがお風呂に入っているうちに晩御飯を用意しておく。特にご馳走を作るわけじゃない。ごく普通の煮物や炒め物の家庭料理だ。
「お先♡さっぱりした♪」
メイクを落とすと急に童顔になる。この状態がタイプ2。さっきの漫画で言うと
末っ子みたいな幼い感じだ。
「で、今日はどうやったん?今都の方にも借り出されてたやん」
「今都はボロバイクが多かったね。やっぱりメンテナンスが大事ね」
同じ高嶋市のバイクでも地域によって車種や整備状況に違いが在る。北部地域の学生は125㏄で排気量の割に大きな車体のバイクが好み。新車を買うが乗りっ放しなので寿命が短い。下手をすると3年間もたないほどだ。全体的に使い方が荒い。
我々南部地域の生徒のバイクは小ぢんまりとした古めの車体が多い。でも、整備はしっかりできているから卒業後も乗り続けたり、両親が乗ったバイクに子供が乗るパターンもある。カブなんか祖父母から引き継いで乗る子も多い。
「リツコさんも酷い食生活を続けてたらボロボロになってたかも」
「今思えば怖い話よね。下宿を始めてから体調も良いのよ♡」
リツコさんは料理が苦手だ。一緒に住むようになって一番喜んでいるのが飯だったりする。高校を卒業して大学4年・社会人になって8年で30歳のリツコさん。俺の家で飯を食う様になるまでは三食コンビニ飯だったんだとか。
ひょんな事から我が家でご飯を食べているうちに居付いてしまった。まるで餌付けした猫みたいだ。よく見ると少しつり気味な眼がニャンコっぽくもある。実際、良く布団に潜り込んで来る。
ご飯と言っても俺は一流のシェフじゃない。独身男が生活するのに身に着けた生活の手段だ。最近流行のチート?なんだっけ?特殊能力とは違う。一人になってから必死になって覚えただけの家庭料理だ。
「俺も良かった。一緒にメシを食う相手がいるって良いな」
「食べるのはご飯だけなのかなぁ?」
悪戯っ子の様な眼で俺を見つめるリツコさん。ちょっと目がうるんでいる。
「デザートなんか用意してないで」
「目の前の美人を食べちゃおうって気にならない?」
リツコさんの年齢は去年で30歳だったから今年は31歳。中学生の子供が居てもおかしくない年齢なのに子供っぽい事を言う。可愛らしいとは思うのだけど……女性として見ることは出来ない。
「親鳥の方が良い出汁が出るみたいやで」
「オバサン扱いするでない!」
女性の扱い方は難しいと痛感したのだった。
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