第174話 留守番電話のメッセージ

 最近固定電話に出ない事にしている。でも、一応メッセージは確認している。


「さてと、留守電のメッセージを聞いときましょうか♪」


 大島はメッセージの再生ボタンを押した。


「本日のビックリドッキリメッセージ再生!……ポチッとな!」


 退屈な日常にある僅かな出来事に人生の楽しさを見出す男・大島。はたして彼を待ち受けるメッセージは果たして何か。


『あ~俺やけど、自転車の修理に来い』


『俺やけど』では何処の誰だかわからない。修理と言っても何の修理なのか分からない。何処の修理か分からなければ何を持って行けば良いかも分からない。


「『俺やけど』では分からんなぁ……消去」


 一瞬『俺、火傷』かとも思ったが、大島は自転車とバイクしか直せない。


「火傷はお医者さんやな……」


 次のメッセージ。


『あ~小用台しょうようだいの田崎だけどぉ~? あなたの? 所のバイク? が壊れたんだけど? 取りに? 来てくれる? 場所は……』


 ウチは引取りをやっていない。田崎なんて顧客名簿に無い。それなのに『あなたの所のバイク』とは何なのだ。しかも『?』が多過ぎる。自分の話している事に自信が無いのだろうか?


「自分に自信を持ってほしいですな……消去」


 名前を名乗る事が出来たが嘘をついてしまってはいけない。大島サイクルのルールでは依頼者の嘘は許されないのだ。残念ながら田崎とやらの用件は聞き入れられなかった。


 続いてのメッセージ。


『俺や! 電話に出ん店なんか知らんわ! ほかで頼むわ!』


 別に来てくれと言っていない。そもそも電話を掛ける時は自分が誰かは名乗るべきではないだろうか?


「何かのドラマで『私だ』って指令が来るのが有ったな……消去」


 だんだん楽しくなってきた♪


『あの~他で頼むって言ったけど修理を頼めんやろうか……また留守電? どうなってるんやお前の所は! もういい! 買い替える! 俺は金持ちやからな!』


 ちなみに、ウチでは『他で頼むわ!』と捨て台詞を吐かれたお客様は二度と修理や販売をしない事にしている。後で『やっぱり頼む』と言われてもお断りだ。


「ビジネスチャンスは一度だけ。残念だったな……消去」


 と、こんな感じのメッセージが長々と続く。たま~に携帯を持っていない爺様婆様が掛けてくる事も在るから固定電話は置いておくけど、こんなのばかりだと気が滅入る。


「フッ……つまらぬ物を聞いてしまった……」


 今都との相性の悪さを痛感する一日だった。


 こんな日は磯部さんの綺麗な声を聴いて耳に安らぎを与えよう。


「中さ~ん、ご飯~!」


 今日も元気な磯部さんはモリモリ食ってバリバリ呑んだ。


「今日も留守電に今都からメッセージが入ってたわ」

「で、修理は引き受けたの?」


「『取りに来い』やって。今都まで行ってたら仕事が進まんから御断り」

「なんか変なお客さんが多いね」


 磯部さんの言う通りだ。電話の掛け方や物の頼み方も知らない困った人が今都には多過ぎる。だから相手にしたくないんだよな」


「どっちにしろ持って来んとお断りやから」

「ねぇ中さん。私はあなたと今都の架け橋になりたいんだけど…無理?」


 俺は今都が嫌いだ。今都が嫌いと言うより、息をする様に嘘をついたり、水を飲む様に人を陥れる連中が嫌いだ。そんな奴らが今都には多過ぎた。


「俺は嘘つきが嫌いや。今都の奴等は信用出来ん」

「でも、今都の人が全部そうじゃないと思うけど」


 磯部さんは学校でしか今都の連中を見ないから知らないのだ。今都の人間ほど腐りきった人間は居ない。今都の腰巾着、蒔野町の人間も一緒だ。


「今都の連中は平気で嘘をつく。人を陥れる。嫌いや」

「私、今日の中さんは嫌いだな……」


 気まずい雰囲気だったが、磯部さんはお酒を呑んでしまったので泊まってもらった。こんな嫌な事が有った日に限って夢を見る。昔の悲しい出来事の夢だったと思う。


「中さん!中さん!大丈夫?」


 磯部さんに揺すられて目が覚めた。夜は明けていない。まだ暗い。


「夢か、嫌な夢やった」

「すごくうなされてたよ、一緒に寝よ。お布団に入れて」


 どんな夢だったか覚えていない。でも悲しくて嫌な夢だったと思う。


「たまには甘えて。男もたまには甘えなきゃ。はい、よしよし……」

「怖かったんや…悲しかったんや…」


 涙が止まらない。震えが収まらない。俺は何の夢を見ていたんだろう。恥かしい話だが、磯部さんに抱きしめられていると安心して眠る事が出来た。


 もしかすると、俺は磯部さんの事が好きなのだろうか……。



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