第158話 速人・AキックとBキック

 今日も速人がやって来た。何か聞きたいことが有るらしい。


「AキックとBキックで違いはありますか?」


 ホンダ純正部品を組み合わせての純正クロスミッションだが、思わぬ落とし穴がある。エンジンを始動する時にセルスターター無しの場合はキックスタートする訳だが、6Vのミッションを使った場合はキックスターターギヤも6V用を使わなければならない。1速のギヤにキックスターターのギヤが噛む構造上、1速のギヤ比が変わればスターターギヤもそれ専用が必要になる。旧スーパーカブの場合は50・70用が21T、90用が22T。そして6V時代のモンキーに使うのは24Tのキックスターターギヤだ。



「6Vのキックスターターギヤは24枚ギヤやからそれを使えば良いけんど……」


 6V時代のキックスタートはキックペダルを踏み込むことによってギヤがミッションに飛び込む方式。これがAキック。このタイプはギヤがしっかり噛み込んでいないうちにキックペダルを踏み込むと破損することが有る。そこでキックギヤは常にミッションと嚙み合っていてラチェットがギヤに飛び込む方式、通称Bキックに改良された。


 Aキック・Bキックは通称で、正式な呼び方では無い。


 どちらにも長所短所はある。


 普通に使うのであれば改良型のBキックの方が壊れにくい。ギヤが常に嚙み合っているから噛み込み不良でギヤ欠けすることは少ない。普段からギヤは噛みっ放しなので多少フリクションが在るのが欠点だ。


 Aキックが有利な点はフリクションが少し少なくなるくらいだと思う。レース用とか極限に性能を求める場合に使うと聞いた事は有る。もっとも、極限まで突き詰めたレース用ならキックスタートは外して押しがけをするから意味が無い。部品が入るかは調べていないけれど、わざわざ使う物じゃ無い。


「じゃあ、Bキックの24枚ギヤのキックスピンドルを使えばベストですね?」

「そうや。ベストはそうなんやけどな」


 24枚のギヤが付いたBタイプのキックスピンドルは存在する。存在はするが数が少ない。部品を注文しようにもとっくの昔にメーカーの在庫は無くなっている。

 今、純正部品で手に入るBキックのスターターギヤは21枚と22枚のギヤだけだ。


「めったに無いからプレミア価格。在っても古いから程度が解らん」

「ギャンブルですね。どうしようかな」


「ウチに在庫が無いか探したけど見つからん。社外品を探すか諦めるかやな。もしかすると奥の深い世界やから何処かが作って売ってるかもな」


     ◆     ◆     ◆


 Bキックに合う24枚のギヤはすぐに見つかった。問題は値段だ。ヤフオクで出ている物は送料込みで約1万円。新品のギヤだけなら送料・税込みで7千円を少し切るくらい。スピンドル組み込み済みの物なら約1万円。


「ギャンブルで1万円近く使うかギヤだけ新品が7千円で買うかなんだ」

「げ?そんなにするん?大判焼きやったら50個以上買えるやん」


 速人からギヤの値段を聞いた理恵は、大判焼きに換算して驚いた。


「俺は最初っから5速ミッションやから関係ないな」

「やっぱりエンジンのパワーを途切れなく使うのはCVTよ」


 亮二と綾からすると速人達の乗るバイクは直さなければならない所だらけの

 未完成な乗り物に思える。未完成であるが故の面白さはあるが、実用的な面では

 褒められた事ではない。しかも金が掛かる。


「私なら新品にするなぁ。ギャンブルは怖いもん」

「現品確認無し・ノークレームノーリターンの中古は怖いよな」

「ギヤだけ買ったらおっちゃんが何とかしてくれるんと違う?」


 3人の意見を聞いて速人は決断した。


「ギヤだけ買っておじさんに習いながら組んだ方が良いよね」


 速人はスーパーカブのカスタムで有名な店にメール注文をした。送料込みで約7000円。ギヤの破損やその場合の修理する手間を考えると悪くないと思った。


     ◆     ◆     ◆


「速人、着払いで注文したんやったら言っといてくれんと困る」

「ごめんなさい。ついうっかり」


 部品は予想外に早く送られてきた。着払いであることを連絡するのを忘れていた速人は、来店早々大島に注意されたのだった。


「ふ~ん。24枚のギヤを出してる所があるんや。この世界は奥が深いな」

「はい。純正と同じサイズで作ってあって、評判も良いみたいです」


 同じBキックの24枚ギヤを約半値で売っている所はあったが微妙に歯の大きさが違う可能性があるので敢えて高い方を買った。


「スピンドルを買ってくれるんやったら道具と整備する場は貸すで」


 速人は中古のキックスピンドルを1000円で買って自分で組むことにした。必要な工具を借りて、細かな部品は在庫してある部品を買って組んだ。


「うちでも何個か買っておこうかな。何処の店か教えてくれるか」


 大島に聞かれ、速人はスーパーカブのカスタムで有名なメーカーの名を伝えた。


     ◆     ◆     ◆


 夕食を終えて磯部が帰ったあとで大島はインターネットで速人に聞いた店を調べた。評判も良く、部品のレビューも悪い物は無い。


(そりゃ個人って言うか、カスタムショップで特注したらこの値段になるよな)


 突拍子もないと思った速人の遠心ロータリー純正クロスミッション計画。他にも同じことを考える者が居る事を知り、大島は自分の見解の狭さと若者の柔軟な考え、そしてカブ系エンジンの奥深さに驚くのだった。

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