第159話 僕たちはお金持ちじゃない
ホンダモンキーの生産終了後、理恵達は少し戸惑っていた。
「あんた達が乗ってるバイクって高いんでしょ?盗んだの?」
「安曇河の貧乏人が何で高いバイクに乗ってるの?小金持ち?」
今都の連中に妙な言いがかりをつけられるのだ。
「速人のモンキーは高かったんだよね?」
「うん、車体は十五万円。大外れだったけどね。理恵ちゃんのゴリラは?」
実際は速人のモンキーはTataniにぼったくられたのと、大島と直した修理代で車体の倍近く費用が掛かっている。
「あたしのゴリラちゃんは十万円。高いのかなぁ?」
一方、理恵は大島が乗ろうとしていた車体を強引に買った物。初めから商売にするつもりではなく、大島が手持ちの部品で片手間に組んでいたので格安だったのだ。
「夏休み明けからだっけ?こんな嫌味を言われるのって?」
「今は値上がりして凄いみたいだけどね。プレミアって奴?」
ホンダモンキーが五十年間の長きにわたる販売を終えたのが八月。一時期ほど高騰はしていないものの未だに車体は高値安定中。『長い間作っていた小さなバイク』『初めて乗るお手軽なバイク』そんなイメージだったのがそうでもなくなった様だ。
「春になったら落ち着くんかなぁ」
「逆に上がってたりしてね」
春までは電車通学。暖かくなった頃には嫌味を言われない程度にモンキーやゴリラの価値が落ちていてほしいと思う二人だった。
◆ ◆ ◆
「ええ、モンキーバイクでございますね。当店は四十万円の良心価格です」
「じゃあ一台貰おうか。即金で払ってやるから少し負けろや」
寒くてバイクどころでは無いシーズンに好調な売れ行きなのは今都のお金持ちが訪れるお店『セレブリティ―バイカーズTatani』である。
中華モンキーと呼ばれるキットバイクはモンキーそっくりの外見だが故障が多い。それはそれで弄るのを楽しむ者にはお手軽な値段で遊べるバイクとして在りかも知れない。オリジナルのモンキーを作っているホンダにとっては不愉快で大打撃だが。
問題はTataniではこのキットバイクを『モンキー バイク』として売っている事だ。ご丁寧にホンダ純正ジェネレーターカバーを付けてタンクにはホンダ純正風エンブレムを張って本物のホンダモンキーに似せている。普通に売れば十万円くらいのバイクを四十万円で売っている事だ。
(散々売ったから、連中が乗り出す前にずらかるか…)
今都の連中は銭にがめつい。だから今の時期は買っても登録しない。もしも登録すれば年度が変わるまでの二か月少々で一年分の税金二千円が掛かる。これは今都の人間にとって非常に悔しく、ばかげた事だ。
(登録されたら偽物とばれる。そろそろ潮時や……)
ガランとしたショールーム、売れる物はスパナ一本まで全て金に換えた。
「さて、これからは書類製作で銭を稼ぎまっせぇ」
二〇一八年二月。今都の高級バイク店『セレブリティ―バイカーズTatani』は閉店した。顧客に何も連絡をせず、突然に……。
◆ ◆ ◆
「Tataniが閉店? う~ん、ウチとは交流も無いし知らんなぁ」
「そうか、まぁ高嶋市のバイク乗りの評判を下げる店やったからな」
情報通の安井がした質問に大島はコーヒーを出しながら答えた。
「そもそも、あの手の店は客もロクな奴が
「それでも整備で来るかもしれんぞ?」
整備するとなれば不具合を抱えたバイクだろう。そんなバイクで今都から安曇河まで走って来るとは思えない。引取りに来いと言うに決まっている。それを見越して大島サイクルは引取り修理をやっていないのだ。
「モンキーならまだしもハーレーをレクサスやら
「そうやな、まぁ大島君の店は関係ないな」
速人からエンジンを買って以来、安井さんは市内でお買い物する程度ならカブに乗っているらしい。距離も伸びて今日はオイル交換だ。
「良う走るわ。あの子は才能があるかもしれんぞ」
「最近の子にしては器用や。機械に好かれてるかもしれんな」
オイルに変な削り粉や鉄粉は入っていなかった。異音も無し。
「好かれていると言えば、お前、あの
「飯を食いに来るだけや。酒を呑んだ時は泊まってもろうてる」
飲酒運転で捕まったりしたら酒を出したこちらも責任を問われる。姪っ子の様な磯部さんを酷い目に会わせるわけにはいかないのだ。
「あんな若いベッピンさんと一つ屋根の下に居て良い感じにならんのか?」
「ならん。あの娘は姪っ子みたいなもん。手なんか出さん」
◆ ◆ ◆
今日は週末。節分の豆を肴に晩酌をしていた磯部はとんでもない事を言い出した。
「僕のお嫁さんになってずっと一緒に住んでください……でしょ?」
すっかり酔いが回って頬が赤い。泥酔まではいかないが悪いお酒だ。
「ん~良く呑むな~と思って見てたんや」
(よく見ても三十歳に見えん。高校生くらいに見えるなぁ…)
目の前の磯部は三十歳だが化粧を落としたら童顔で高校生にしか見えない。大島は厄年を少し過ぎた四十代。女性のストライクゾーンは三十歳からだ。アウトコースギリギリのストライクといったところか。
「安井のオッサンは俺のストライクゾーンは知ってるんやけどな」
「何か言った?」
「ほれ、歳の数だけ豆を食べなさい」
「十八粒……何?」
「数えの年やから満年齢に一つ足して三十一個やな」
「認めぬ!処女のまま三十一歳など認めぬ!」
(処女なんや……)
姪っ子感覚な磯部の酒の相手をして大島の夜は更けるのであった。
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