第101話 郵政カブ1台目②
高村ボデーで黄色に塗ってもらった郵政カブを組みたてる。
「フレームの亀裂は直しといたぞ~」と社長が言っていたが
何処に亀裂が在ったのか分からない。
「うちは跡が残る様な直し方はせん」との言葉通り、全く跡が見えない。
郵政カブ70は幸いに普通のカブとエンジンマウント部が共通なので
4速化したエンジンを積もうとしたが、
「何か知らんけど、エンジン本体が強化されているらしいからそのままで」
と言われたのでエンジンはそのまま。スプロケットだけ交換することにした。
大きなキャリア・普通(?)のバイクと同じテレスコピックのフロントサス
フロントフェンダーの高さを選べるのはチェーンを巻くのが前提だからか。
グリップヒーターやキャブヒーターは極寒地で使われる為だろう。
さすが国の注文で出来た特別仕様だ。
組み付け自体は難しい事は無く、数時間すると黄色い郵政カブは出来た。
エンジンをかけて店の前で乗ってみる。非常に小回りが利いて楽しい。
郵便物を運ぶために頑丈に造られた郵政カブは重い。
だが、頑丈に造られた郵政カブよりも重い物が目の前に……。
質量では無くて、精神的に重い。
「また男の人と間違えらえれました……」
大島が淹れたココアのカップを握ってべそをかいているのはイケメン女子の
葛城である。大事な事なので改めて言おう。イケメン女子の葛城である。
先日、男性と思って交際を求めてきた磯部にどう謝れば良いかと
大島に相談に来たのだった。
『私も女の人やって事を忘れてました~』……なんて言えんわな。
「土曜日に磯部さんから聞きました」
「どんな風でした?怒ってました?泣いてました?泣きたいのはこっちですけど」
ごもっとも。あんた、俺が知ってるだけで2回男に間違えられてるもんな。
「慰めようと呑んでたらこれですわ。まぁ呑んでスッキリしたはずですけどね」
顔をポンポンと叩きながら見せるが笑ってくれない。
「どうしよう。せっかく友達が出来たと思ったのに……」
◆ ◆ ◆
「……ということが有ったんです。どうしたもんでしょうね?」
「とりあえず味噌汁おかわり。ネギも入れてね」
「ほい。ご飯は?」
「おかわり。葛城さんね、もう気にしてないわよ。ふりかけ有る?」
「ふりかけ?のりたまで良い?」
「うん」
あの大騒ぎの夜から、磯部さんは通勤の途中で朝ごはんを食べに来るようになった。
ウチは自転車・バイク店であって、食堂じゃないんだけどな……。
「磯部さん。昼飯はどうしてるの?お弁当?」
「ううん。購買のパン」
「お弁当作ろうか?凝ったもんは出来んけど」
「うん。それ入れるの?どれ、一口」
ポイと卵焼きの端っこを食べた磯部さん。満足そうだ。
「手料理に飢えてるのよね」
「自炊したらどうですか?」
「一人だと面倒で……」
『一人だと面倒』料理を作るのが下手な奴が言う気がする。
※大島が思っているだけです。根拠はありません
「はい。お弁当。気を付けてね」
「うん、行ってきます」
パタパタと準備をして磯部さんは仕事へ行った。
後方付けを終えて、今度はウチの仕事を始める。
昨日仕上げた郵便カブに異常が無い事を確認してから
A・Tオートサービスに電話を入れる。
「毎度、おはようございます。平井さん、例の奴出来ました」
「持って来てくれ~。帰りは送る~」
臨時ナンバーを付けてA・Tオートさんまで運んで行く途中で
本職の郵政カブとすれ違う。向こうはインジェクションの現行車種。
新型はスマートだけど華奢に見える。
安曇河町の少し山手側にあるA・Tオートまでは良い試運転となった。
若干ローギヤード気味かもしれないが、本来の用途からすれば仕方ない。
「結構時間がかかったな。忘れてるんかと思ったで」
「仕方ないがな。安うしてもらう代わりに急かさへんて言うたんやし」
臨時ナンバーを外しながら話す。文句を言い合ってるように聞こえるかもしれないが、けどお互いに遠慮なしに喋っているだけ。何故か平井兄弟とは気が合う。
「ところでよ、お前の家に女の子が出入りしてると聞いたんやけど、結婚する気になったんか?」
このオッサン、いきなり何を言いやがる。
「朝ごはんを一緒に食べてるだけやで」
「食べてるのは朝飯だけか?」
「昼のお弁当も渡してる」
「なんじゃそりゃ?色気の無い話しやのぅ」
さて、買い取って来た郵政カブ3台のうち1台は無事に片付いた。分解している奴はどう料理しようかと悩むのだった。
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