第96話 ドライブレコーダー取付け
「そんなに急いで持って来んでも良いええのになぁ」
配達の兄ちゃんを見送りながら大島は呟いた。
インターネットで注文してほんの数日。ドライブレコーダーが届いた。
「届きました。日曜に取付しましょう」と高校生たちに送信。
皆、大丈夫との事で集まることになった。
作業自体は難しい所も無く、順調に進む。
細かい作業も無いので世間話をしながら作業は進む。
作業を見ている絵里ちゃんが昔の事を訪ねてくる。
「おじさんは、お父さんと友達ですか?」
「ん~お父さんが高校卒業して結婚する直前までは遊んでたな」
「しばらく会わんかったのは何でですか?」
「おっちゃんの勤め先が倒産したり、親が死んだり、他にも悲しい事が有って
大変な時期があってな。おっさんも忙しかったし疎遠になったわ」
そこへ理恵が割り込んでくる。
「子供が出来て結婚する直前やったってホンマ?」
「・・・・・そんな事も有ったな」
「相手はどうしたん?」
「相手はな、亡くなったんや。事故で」
「もしかすると、聞かん方が良い?」
理恵は察しが良い子で助かる。
「そうやな。哀しい事は忘れて前に進むのが一番や」
「そう」
「おっさんはな、絵里ちゃんの親父さんと自転車で遊んでたんやで」
「お父さんが『あいつは速かった』って言うてました。」
「そうか。でも、親父さんと走るから速かったんやで」
単独で走ると風邪の抵抗をもろに受ける。俺達はチームを組んで
交代で風よけとなり161号線を走っていた。
ロードレースと同じ戦法じゃないかと思う。
「絵里ちゃんの親父さんが考えた作戦でな。まあまあ速かったんやで」
「まあまあですか?」
「そう。まあまあ。今都の連中には勝てんかったな」
「何で?」
「あいつら金持ちでな。こっちはシティサイクル、あっちはロードレーサー。
勝てるわけは無いわな。何回かに1回は勝ってたけどな。」
綾ちゃんと佐藤君が買い物から帰ってきた。
「戻りました~」
「お昼は何にするの?またカレー?」
「今日は鶏の味付け。野菜も食べないとね」
「重かったぞ」
理恵たちは昼飯の事に気が行ってしまった。
今度は速人が話しかけてくる。
「おじさんって、左足が悪いんですか?少しだけ引きずってません?」
なかなか鋭い観察眼だな。
「おっさんはな、高校の時に自転車でこけて怪我したんや」
「競争のせいですか?かなり激しくて生徒指導の手に負えなかったとか。」
どうやって知ったのだろう。卒レポか?
「もう20年以上前の話や。その日、おっさんは一人で走ってたんや・・・
1人でもいけると思ってな。今都の汚さを知らん小僧やった」
「3人組で走ってたんじゃないんですか?」
「その日、2人とも用事があってな。おっさん1人やったんや。
今都の奴が競争を吹っかけてきやがってな。相手は4人。
正攻法では勝ち目が無かったし、危ない手を使ったんや。」
「危ない手?」
「そうや。危ない手。大型トラックが起こす乱流に乗って追い抜く。
スリップストリームってやつやな。一歩間違えたら事故して怪我する戦法や。
で、乱流に乗って捲ってた時に前輪を蹴られてな。トラックに引き寄せられて
ガッシャ~ンや。 左手と鎖骨。あとは足首を骨折したな。痛かったで」
「危ないですね。」
「そうや。危ない。競走は危ないもんや。バイクやとなおさらや。
直ったあとは自転車に乗ってもスピードは出せん様になってな。
足のバランスが崩れてブン回すと振動が出る様になった。で、引退」
「それで『公道での競争は許さん』ですか?」
「そうや。体は直せんからなぁ」
良い匂いがする。綾ちゃんが
ご飯の炊ける匂いもする。今日はガス窯で炊いてもらった。
その量2升。おこげが出来ると良いのだが。
「おじさんの御両親は何が在ったんですか?事故がどうとか。」
「ウチの親はな、今都の運送屋と正面衝突で死んだんや
相手の居眠り運転で飲酒運転。最悪やったな。」
「絵里ちゃんのお父さんから大変やったって聞きました。」
宏和め・・・要らん事をベラベラと・・・。
「まぁ、その辺は責任とかどうとか向こうがごねただけや。
酒呑んで運転してセンターラインオーバーで信号で停止中の親が乗ってた車に
正面衝突。こっちに責任は無いからな。とことんやった。」
「おっちゃん!ご飯出来たで!食べよ!」
理恵は普段からよく動くけど、喰う事になると更に素早い。
作業を止めて昼食となった。
「理恵は良く食べるね~。お腹がなんとかポケットなんじゃない?」
「胃が異世界に繋がってるんだよ。異世界胃袋。」
「私はすぐに太るんです~」
「理恵は太りも伸びもしないね。燃費が悪いの?」
「カブを見習え。」
酷い言われ様だが理恵は気にしていない。どこに入るのか不思議な量を食べていた。
後片付けは綾ちゃん達に任せて作業再開。今度は轟さんと話をする。
「私のバイクは御祖父ちゃんとお祖母ちゃんが乗ってたんですよね」
「そうやな。長身のお爺さんと小さなお婆さん。恋愛結婚やったって聞いてるで」
「このバイクは『お爺さんの形見やから』って大事にしてたんですって」
確かに大事にしてた。
「お祖父さんの年代で恋愛結婚は珍しかったんと違うか?大恋愛やで」
「絵里のみたいな可愛いカブを残してくれたらよかったのに」
「買ったのはお祖父さんやから仕方ないで。それにリトルはその頃無かった」
話しながら作業は続く。後片付けを終えた綾ちゃんが覗きに来た。
「おじさん。Dio先生ってどれだけ走ってるの?」
「綾ちゃんより年上な車体やからな・・・万の桁が無いし解らへん。」
古いスクーターのオドメーターは万の桁が無い。
1万kmごとに0に戻る。
「奥さんが嫁入り道具で持って来て、旦那さんが通勤に使って
お嬢さんが通学に使ってたから・・・3万キロオーバーかな?」
「それって多いんですか?」
「いや、丁寧に使えば大丈夫。エンジンも駆動系も整備したし、
元々頑丈なエンジンやから当分は大丈夫やろう」
スクーターのDioは取り付けが少し面倒だ。
前カゴの下へぶら下げる様に付けることにする。
「煙いけど速いですよね。」
「
理屈の上では4ストロークエンジンの倍の出力になるはずの2スト。
実際は机上の理論通りには行かず、倍のパワーは出ない。
混合気で排気ガスを押し出して掃気を行う都合上、どうしても
未燃焼ガスが排気ガスに混ざってしまう。パワーはあったが
排気ガスの規制が厳しくなって新車からは殆ど消えた。
そうこうしているうちに作業は終了。みんなを呼んで説明だ。
「本当はキーのON・OFF連動が出来ると良いけど、単体やから・・・」
長いので省くが、通学に使うとバッテリーが3日くらいで切れるから
毎日充電するのと、盗まれない様にバイクから離れる時は
本体を外して持つようにって事だ。
「特に理恵は外し忘れんように気を付ける様にな。」
取り付けはしたが、こんな物は役に立つような事が起きなければ良い。
はしゃぐ高校生達を見ながら思うのだった。
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