第82話 リトルカブ改90セル付き

在庫のリトルカブが売れた。しかも妙齢の美女に。


大島も男である。美女には弱い。妥協が必要と言ったが張り切ってしまう。


割れたレッグシールドや消耗品は交換。

エンジンは社外ミッションで4速化したカブ90用HA02。

今回はセル付きエンジンを積む。


キャブレターはカブ90の物を使うが、マフラーは社外品。

カブ90のノーマルマフラーが無かったから仕方が無い。 中古の物だ。

物は悪くない。だが、オークションで売っても二束三文だろう。


メーターもカブ90用に交換した。リトルカブ用は60㎞までしか

表示しない。しかも30㎞/hを超えると誤差が大きい気がする。


「4速のランプは…追加で付けるか…不便やしな」


フロントにキャリアを付けておく。カゴはどうしよう。


「まぁ相談して、必要ならサービスで付けようかな…」


あたるちゃん。ご機嫌やねぇ。何か良い事でもあったんか?」

近所の婆ちゃんたちが聞いてくる。


「バイクが売れたんや~儲かるで~」


「この前来てたベッピンさんか?」


婆さん…鋭いな。


「そうやで~。久しぶりに若い娘さんやし気合が入るわ~」


「あのには彼氏が居おらんと見た。ばばには見える。あたるちゃん。あの娘はお主にピッタリじゃ」


「ピッタリも何もあったもんやないで。僕はバイクが女房。店が家。

仕事と趣味に生きるんやから。人生『男ひとり旅』や」


婆ちゃんが押す老人車の車軸にシリコンスプレーを吹き付ける。

軋んだ音を立てていた車輪が軽く回るようになった。


大島がご機嫌だったその頃、高嶋高校の図書館で磯部は調べ物をしていた。


「♪~♪~♪~」


「リツコ先生がご機嫌だ~。どうしたん?彼氏が出来た?」


遠慮もへったくれもない事を聞くのは理恵だ。


「バイクを買うの。まぁ、ある意味彼氏みたいなものね」

「とうとう恋愛を諦めたのですね」


亮二が真剣な顔をして冗談を言うが、磯部は気にしない。


「恋愛は別。素敵な人の出会いが在ったのよ。白バイ隊員に声をかけられたの。

やっと私の魅力に気づく殿方が現われたんだから」


今の磯部は恋する乙女。琵琶湖の畔で出会った白馬の王子…いや、白バイに乗った美青年に恋する一人の乙女である。実際に体も汚れ無き乙女であるのだが。


「で、バイクは何を買うの?あのでっかいバイク売るの?」

「ううん。ゼファーはツーリング用にしてリトルカブを買うの。

バイク屋さんでチューニングしてもらってるのよ」


「へ~リトルカブ。可愛らしいですね」

貸し出し手続きを終えた速人が戻って来た。


「白バイさんが紹介してくれたお店。腕が良さそうだったから決めちゃった

店長さんもお父さんみたいで安心だし」


リツコは何度かバイク店で口説かれそうになった事が有る。

ゼファーを買った店では無いが、他の店では嫌な思いをした。


「良いわね。大島サイクル。レトロな自転車屋さんみたいで」


「大島サイクル?私もそこで買ったんですよ。亮二以外はそうです」


「あなた達も?」


「ええ。理恵ちゃんの紹介です」


「大島のおっちゃんは良い人やで。禿げてるけど」

「そうですね。カレーも美味しいし、ジャム作ったりで家庭的ですね」

「でも、禿げてるけどな」

「本人曰く『俺は禿げてない。禿げかけているだけや』らしいけど」


酷い言われ様である。


「先生は何で大島のおっちゃんの店に?」


「湖周道路で声をかけられたのよ。白バイに。あなた達の知り合い?

知り合いなら紹介してくれない?」


「お友達になりたいんですか?」


「あのねぇ。私、もう30よ。三十路よ。そろそろ結婚とかいろいろ考えなきゃいけないでしょ?せっかく出会えたんだからこの機会にゴールイン…って何笑ってるのよ?」


「リツコ先生はどうして彼氏が出来ないの?美人さんなのに」

「ぐっ…私だってね…好きで独り身で居る訳じゃないのよ…」


このあと、1時間近く「いつまでも若いわけじゃない」とか

「一人酒は辛い」「いつまで清らかな乙女で居ればよいのか?」

などと愚痴を聞かされた4人は疲労困憊して家路につくことになった。


4人とも磯部に何か大切な事を言い忘れていた気がするのだが……


気にしない事にした。

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