第78話 理恵・パワーアップしたい
「モンキーのパワーアップはビッグキャブから……ふ~ん」
理恵はゴロゴロしながらバイク雑誌を読んでいた。
「ゴリラが速くなったら、通学が楽になるんかな?」
とんでもないことを思いついたようだ。
「ビッグキャブレターキット…う~ん、ちょっと足りない」
キャブレターの値段を見てため息をついている。2万円を超えるキャブレターキットの代金は理恵の財布からは出そうになかった。
「お小遣いを貯めるしかないなぁ。何か臨時収入は無いかなぁ?」
そんな事を思っていたところへ舞い込んだ大島サイクルの手伝い。オークションの手伝いで思わぬ臨時収入を得た。その額3万5千円。キャブレターを買っておつりがくる金額だ。理恵は愛車のパワーアップを依頼するために大島サイクルを訪れた。
「おっちゃ~ん。お願いが有るんやけどなぁ♡」
「なんや?これは売らへんぞ」
これは売らないと決めたからには理恵の頼みでも売らない。
モトコンポを畳みながら答えると予想外の返事が来た。
「ビッグキャブが欲しいんやけどなぁ」
ホンダのモンキー・ゴリラは比較的小さな
メカに興味を持つのは良い事だ。だが、何故換えたいのかを聞かないと望み通りの改造は出来ない。インターネットでキャブレターの事を勉強して、理恵の使用目的に合ったキャブレターが有れば何とでもする。と答えておいた。
『予算で使えるのは3万円』
そう決めて理恵は速人を巻き込んでキャブレター探しを始めた。
「必要かなぁ?」
「私が遅刻しないためにゴリラを速くするの!」
速人は疑問な様だが理恵は引かない。 遅刻こそしていないが理恵は毎朝爆走して通学している。余りの爆走っぷりを見た生徒たちから『湖岸のお猿』なんて呼ばれている。必死の形相でゴリラにしがみ付いているが、実際はそれほど速くない。
それ故に微笑ましい姿であるのだが……。
「もう5分早く起きれば済むんじゃないの?」
「うう…それは否定できない」
速人に正論を突きつけられて、理恵は反撃できなかった。
キャブレターはガソリンを空気と混ぜて混合気を作る部品。小さすぎればエンジンが求める混合気を作りきれず力が出ない。大きすぎればエンジンが吸う力の不足で低回転時に気難しくなる。厄介な部品なのだ。霧吹きの要領で混合気を作るキャブレターはデリケートだが、上手くセッティングさえ出来れば大きな力になる。
調べるうちにどうやらケイヒンというメーカーのPCキャブレターがセッティングが容易で扱いやすいと解った。理恵のゴリラはボアアップで75㏄。丁度良いキャブレターで非常にメジャーな物らしい。18と20が有るが大きい方が良いだろうと理恵は思った。
「おっちゃ~ん。決まった!ケイヒンのPC20ってキャブレターにする!」
「?」
「解らんの?PC20ってキャブレター。有名なキャブレターやんな?」
「何でまたPC20や?不調か?」
「だから、速くしたいし、扱いやすいって評判のPC20に決めたんや」
ドヤ顔で言う理恵を大島は不思議そうに眺めていた。
「あのな、おっさんは『また』って言うたやろ?」
「うん」
「お前のゴリラは扱いやすいやろ?調子も良いやろ?」
「うん?」
「お前のゴリラに付いてるのはケイヒンPC20っていうビッグキャブや。」
『チューニングと言うのはトータルのバランスを取って行うのが大事。』
一か所を良くしただけではバランスが崩れたりセッティングが出しにくかったり。
結局、全体に手を入れないと部品本来の性能も発揮できない。他のチューナーやプライベーターはどう考えているか知らないが、大島はそのように考えている。
理恵のゴリラは扱いやすい少し大き目なキャブレターと、少しだけ大きな排気量。
少し排気ガスの通りが良いマフラーで全体的に手が入れられているのだった。
ノーマルから改造するなら1か所ずつ交換していくのも一つのやり方だ。だが、理恵のゴリラはフレームだけの状態から部品を集めて組んである。交換もへったくれもない。そもそも交換以前に最初は部品無かったのだ。交換するべきところは最初から交換してある。
「じゃあ、こっちのD社の静音タイプのスポーツマフラーは?」
「良く見てみ。カバーを外したら同じ形やろ?おっちゃんが耐熱の黒で塗ったんや。ノーマルみたいやろ?」
確かに良く見ればノーマルのマフラーでは無い。円筒形だ。
「このレーシングCDIっていうのは?」
「エイプ100のCDIで可変進角にしてある。エンジンかけやすいやろ?」
可変進角のエイプ100のCDIはパワーアップよりもエンジン始動性の向上が目的だったりする。これは実用性を重んじる大島の考えだ。
理恵は組み込めば速くなると思った部品を挙げていったが全て装着済みだった。
結局、大島が勧めたのはイグニッションコイルの交換。トルクが太くなって燃費が良くなった。加速も良くなった気はする。
でも、トップスピードは変わらない。大島の経験からエンジンが無理せずに回り、回り過ぎない絶妙なギヤ比に設定されているから変えようがないのだ。これ以上を求めるならエンジン内部に手を入れてパワーアップをするしかない。
「わ~ん!遅刻する~!」
ポコポコポコポンッポンポンポンポンポンッポポポポポポポ……
『もう5分早く起きなさい』とでも言う様にゴリラが走り出す。
今朝も湖西路に理恵とゴリラの叫び声が響くのだった。
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