2017年10月 バイク通学規定変更

第76話 10月1日(日)

 今日は日曜日。ネットオークションで得た利益を四人に渡す日だ。


 早めに起きてカレーを作っておく。昼飯を食っていくかは解らないけど、作りだめして冷凍しておけば時間が無い時にレンジで温めれば食べる事が出来る。


 ズボボボボボボ…

 

 野太い排気音が店先で止まった。まっ黒なベンツのクーペ、しかもフルスモーク。


 降りてきたのは縦縞のストライプのスーツに派手なネクタイ。オールバックでサングラス。明らかに堅気の人間ではない。


「おう、邪魔するで」


 ドスの利いた声を出しながら上り込んできた男に俺は拳骨をお見舞いした。


 ぽかりっ!


「人の家に上がるときは『お邪魔します』やろがっ!」

「もう~中兄あたるにいちゃんは全然怖がらへん。ワシ、怖いんやで?」


 半泣きになって『ワシ、怖いんやで?』なんて説得力が無い。


「うるさい。怖かろうが偉かろうが、ワシの前ではお前は金一郎や」


 こいつは億田おくだ金一郎きんいちろう。市内で金融業を商う男だ。


 元々安曇河に住んでいたが両親が離婚。引っ越しして大阪へ行った。大阪で成功していつの間にか安曇河へ舞い戻り、今では豪邸に住む。俺より五歳年下。小さい頃、よく遊んでやった。


 昔、騙されて借金を背負った時、取り立てに来た時は驚いた。土下座していたら、いきなり取り立て屋がサングラスを外して『中兄あたるにいちゃん?僕や。金一郎や!』なんて言うんやもん。


 横に居た若い衆も『にいちゃん? アニキの兄さんですか!』って驚いてた。その後は借金を返すのに協力してくれたり、相手から迷惑料を貰ってくれたりと世話になった。今ではウチのメインバンクとなっている。


 何でそこまで助けてくれるのかと聞いた事が有る。


「小さかった頃に、遊んでもろたりご飯食べさせてもろたりしたから」


 両親の仲が悪く、祖父母にもいじめられ、子供の頃の金一郎にとって、ウチは唯一の逃げ場だったそうだ。


 幼少の頃の金一郎は常に汚れて腹を空かせていた。見かねたうちの両親は色々と世話をしていたのだが、それを今でも恩に思っているそうだ。俺もキントク駄菓子屋で菓子を買ってやったりしていた。弟みたいなものだ。


「アニキが怪我させられたと聞きましてな。来ましたんや」

「ほれ、立ち枯れてる所を更に伐採や」


 頭の傷を見せると金一郎の眼が光った。


「示談で一〇〇〇万ってところでんな。何かあったらこの億田にお任せを」


 金一郎はその手の方面が得意だ。


「うん、頼みます」

「兄貴、カレーでっか?ちょっと貰えます?」


「おう、持って行け」


 金一郎は我が家のカレーが大好きだ。大き目のタッパーに詰めてやる。帰りは『お邪魔しました』ってきちんと挨拶して帰っていった。


 金一郎は本当なら優しい子だ。幼少時に苦労をして母親を早くに亡くしたあいつは哀しい眼をしている。この世で地獄を見た者の眼だ。それを隠す為にサングラスをかけている。そのおかげで外見が怖い。Vシネマに出てきそうだ。


 大阪で何が有ったのだろう。一度聞いたことはあるが俺に嫌われてしまうからと話してくれなかった。それからは聞いていない。


 十時を過ぎた頃、四人組が現われた。


「わ! おっちゃん、頭怪我してるやん。禿げてるのにもっと禿げたやん!」


 理恵……思った事を何でも口に出すんじゃない。それに禿げているとは何や。禿げてなんかいない。禿げかけているだけや。


「それ、今都中剣道部の外部顧問らしいですよ」

「剣道部って今都中と真旭中しか無いもんね」


 道理で木刀を上手く振り回せるわけだ。やっぱり剣道は嫌いだ。やはり喧嘩は拳と拳を交えなければ……。道具を使って人を叩く癖に防具で必死こいて身を守るチャンバラなんか武道じゃない。人殺しを遊びに変えた悪趣味な連中だ。


 それはさておき、四人に報酬を渡さなければいけない。昼が近付いている。


「どうする?先に飯を食うか?」


 最初に反応したのは理恵だ。初期型4A-G並みのレスポンスだ。


「おっちゃんのカレーは美味しいんだよね。いくらでも食べられる」


 褒められるのは嬉しいけど理恵は喰い過ぎだと思う。


「少しは遠慮した方が……」

「久しぶりに『御櫃カレー』したいなぁ…」


 速人が何か言っているが理恵には聞こえない様だ。ちなみに御櫃カレーとは御櫃のご飯に直接鍋のカレーをかけて食べる大食いメニューだ。


 カレーを作っている間におかずやカレーにトッピングする物を買って来る様に五千円を渡した。カツやフライを買っても善し。ハンバーグやチーズも良いな……。


「だだいま~!」


 暫くして、四人はとんでもない量の御惣菜を買ってきた。


「本当に五千円全部使ってよかったんですか?」

「全部使う奴があるか! 必要なだけ買って来いって意味やったんやぞ」


 綾ちゃん、君が居ながら何故理恵を止められなかったのだ……。


「おっさん。すまん」


 綾ちゃんで止められんのに佐藤君に止められるはずがないから仕方ない。


 4人はトンカツとハム、さらにコロッケを5千円分買って来たのだった。


 3人はトンカツ・コロッケを乗せて豪快にカレーを流し込む。


「さすが食べ盛りやな…理恵は…何処に入ってるんや?」

「ん~異次元胃袋?」

「これで太らないなんて不思議…羨ましいけど燃費が悪いよね?」


 綾ちゃんは太るからとカレーにトッピングはせず、サラダをおかずに食べている。速人と佐藤君は普通の高校生男子といったところだろう。理恵は横綱級の喰いっぷりだと思う。見た目は子猿が頬張っているみたいで可愛らしいのだが…


「ところで、おじさんはどうして殴られたんですか?」

「中古で並べる前の在庫の自転車をタダで寄こせって言われてなぁ」


 自転車をただで寄こせって言われた辺りの事をサラッと教えた。

 下品な言葉ばかり使ってたから子供には聞かせる事が出来ない。


「木刀やったら下手すりゃ死んでたんじゃねぇの?」

「当たり所が悪かったら死んでたかもしれんな」

「今都の奴等は俺たちの事を虫けらと思ってるからな」


 佐藤君の言う通りかもしれんな。変な夢を見ていたから。


 何だかんだ話をしているうちに大鍋一杯のカレーは無くなった。育ちざかりだけあって皆よく食べること。特に理恵なんか2升炊いたご飯の半分以上食べたのではないだろうか?明らかに喰い過ぎだ。


「今日は遠慮して腹八分にしておこうかな♪」


 一度でいいから満腹の理恵を見てみたいものだ。


 後片付けは高校生がやってくれた。その間に報酬を用意しておく。こちらは手間賃と光熱費が有れば良い。七万円貰う事にした。落札総額は二十一万円少々。残りは十四万円となる。


 十四万円は四人で分けてもらおう。一人当たり三万五千円ならバイト代としては悪くないはずだ。それにしても、中古で流して二十一万円とは、ずいぶん金をかけた車体だったな。葛城さんの助けを借りたとはいえ理恵は良く勝ったもんだ。


 四人とも大喜びだ。これだけ喜んでくれるならDax一台を分解した価値が在る。


 でも、やっぱり分解するより、直して走らせてやれば良かったかな? 商売とは言えやりきれない気持ちになる時が有る。


 秋という季節のせいだろうか。


 その後、木刀で俺を殴った爺側の弁護士が示談で解決したいと願い出て来た。慰謝料等で金一郎が言った通り一〇〇〇万と提示したら借金してでも前科が付くのを回避したいとのことで、その条件を飲むとの事だった。


 銀行では借りる事が出来なかったと言う爺に億田金融を紹介。無事に示談成立となった。


 その数か月後。


「中兄ちゃん。あの爺、亡くなりましたで」


 フラリと店に寄った金一郎から報告を受けた。あの爺。金一郎の所に借金を返せずマグロ漁船で働いていたらしい。漁船から海に落ちて水死。マグロと一緒に冷凍されて帰ってきたんだと。


「そうか」


 偶然、乗船前に保険金受取人と土地家屋の相続を億田金融にしていたそうだ。


「兄貴、これは兄貴の取り分でおま」


 アタッシュケースから札束を出してきた金一郎。こいつはいつも現金を持って来るので困る。大金を家に置くのは物騒で怖い。


「そんな大金は持ってると怖い。預かっといてくれ」

「はぁ、この億田に銭を借りる奴は山ほどようさん居おますけど、銭を預けるのはアニキぐらいでっせ」


 何やら恐ろしい事を言ってる。本当なら億田金融は預金は引き受けていない。基本的に少し高めの金利での融資を専門としている。


「ホンマに困った時の為に預けとく。増やしといてくれ」

「わかりました。ほな兄貴、またの御利用を御待ちしとります」


 毎回無理矢理預けている。昔のよしみで甘えているのは良くない気もするが金一郎の事だ、悪い様にはしないだろう。


 金一郎はサングラスを掛け、肩で風を切りながら去って行った。

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