第56話 デッドストック

開店前の店内で、大島は昨日片付けた部品を漁っていた。


『AF18・ボーリング済みシリンダー・オーバーサイズピストン』

と書かれた箱を取り出して中身を確認する。


どうやらシリンダーは微妙にボアアップされているらしい。

ノーマルのシリンダー内径が39.0㎜で、現物は40.0㎜

ピストンとピストンリングもセットになっている。


「半径×半径×3.14×ストロークで……」

Dioのエンジンはストロークが41.4㎜

「2×2×3.14×4.14=51.9984で約52㏄か……」


インターネットによれば、Dioは60㏄までならオイルポンプは

個体差によると思うがノーマルでいけるらしい。


「3ccの差ならノーマルと誤差の範囲やな」


今ほど情報が無かった頃に作った品物だからだろう。

ピストン表面は艶消しで何かの表面加工がしてある。

シリンダーのスカートにはモリブデン加工だろう。

黒いコーティングがしてある。明らかに過剰品質だ。


箱の底から注意することや交換する方が良い部品を書いた紙が出て来た。

(大石の爺さんらしいよな)

慎重に慎重を重ねる先代の事を思い出してしまった。


必要な部品はすぐに揃った。中古ではあるが大丈夫だろう。


幼児車・実用車・カブ……等々

今日はタイヤ交換とパンク修理。珍しく自転車も売れた。

オイル交換も数台在った。なかなか商売繁盛だ。

夕方、客足が途切れたので綾ちゃんに電話すると明日来てくれるとの事だ。


◆     ◆     ◆


翌日、綾ちゃんが来た。ポロシャツに綿パンといった動きやすい格好だ。


「おじさん。みんなと同じスピードに出来る?」


なんて聞いてくる。


今回は任せろと言えないなんて思うが、まぁ何とかなるやろうと言っておく。


作業は閉店後。来客が在ると作業に集中できないからだ。


カブと違いスクーターは外装部品が多い。

シートとメットインを外せばエンジンにアクセスは出来そうだが

念のためにリヤカウルも外す。

剥き出しとなったエンジンは思ったより綺麗だった。


補機類を外しシリンダーを抜く。

外見は悪くなかったが製造後20年を経過するエンジンは

それなりにくたびれた感じはする物だった。何点かの消耗品もついでに交換。

新しいシリンダー内壁に2ストオイルを塗り

同じく2ストオイルを塗ったピストンを組み込む。

ヘッドは元から物を使う。清掃ついでに鏡面仕上げ(笑)

単なる自己満足とちょっとした遊び心だ。


ヘッドボルトを軽く締めた後にキックを十数回。

シリンダーとピストンとの位置合わせだ。

これをやらず焼き付きを起こしたプライベーターは多いらしい。

その後にヘッドボルトを少し増し締めする。

そしてまたキックを数回とヘッドボルトを増し締め。

これを3回繰り返して規定トルクでヘッドボルトを本締めする。


キャブレターとマフラーは同じDioでも上位車種の

SRというグレードの物にしてある。少し容量が大きいらしい。


冷却ファンは社外品の風量が多い物を使う。近頃は暑いし、

若干ではあるが排気量アップで熱量が増える事への対策だ。


タンクからガソリンを一旦抜き2ストオイルを少し混ぜて

混合ガソリンにしてタンクに戻す。慣らし中の焼き付き防止だ。


試しにエンジンを始動して確認したいところだが

夜なので止めておく。

閉めた店内で2ストエンジンの排気ガスは煙たすぎる。

しかも焼き付き防止の混合ガソリン。

爆煙は間違い無しだ。明日にしよう。


(腹が減った。今日はここまでにしよう)


伸びをすると体のあちこちからポキポキ コキコキと音が出た。


(俺も歳をとったな)


店の電源を落とし、1日が終わった。


今夜も高嶋市ではサイレンの音が聞こえる。救急だろうか事故だろうか。

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