第49話 そうだ。高嶋へ行こう

大島サイクルの対岸にある町のバイク店

整備主任の中村は新聞の見出しを見て嫌な予感がしていた。


(もしかするとウチで整備したバイクかもしれない)


「うわ~。派手に燃えましたね~」

後からのぞき見した若い整備士メカが驚く。


「死んだのは高嶋高校の生徒らしい。Tataniさんの客やったとか無いよな?」

「だったとしても、ウチは整備するだけやし関係ないんと違います?」


あっけらかんと言うが、そんな物だろうか?


「社長と相談してみるか」

中村は新聞を持ち、事務所へ向かった。


◆      ◆      ◆


急遽行われた車両点検のおかげかどうかはわからないが大島サイクルには

普段店に顔を出さない客が何人か訪れた。店に来ないのはオイル交換が無い

2ストロークのスクーターに乗る学生が多い。2ストオイルの補充なら

ガソリンスタンドでもやるし、自分でも出来るからだ。


点検で指摘されたのだろう。タイヤ交換が多い。

スクーターのタイヤ交換はマフラーを外したりで少し手間が掛かる。

時間が無い客には代車を出すところだが、 夏休みで時間が有るお客さんばかり。

世間話をしながら作業をして この前の事故の件を軽く聞いてみたりする。


今日来てくれたのは、理恵の紹介で、2万円のスクーターを買ってくれた綾ちゃんだ。後輪が減っているのを注意されたらしい。


「このバイクってオイル交換は要らないんですか?」


最近のスクーターは排気ガス規制で4ストロークエンジンに移行したが

綾ちゃんのDioは2ストロークエンジンだ。オイル交換は必要ないが、

つぎ足す必要は有る。


ごく普通の女の子に説明するのは難しい。

「ガソリンに混ぜて一緒に燃やしながら潤滑するタイプやで」

とは言ったものの解ってくれるだろうか。


「それでスタンドで『オイルは有りますか?』って聞かれるんですか?」


「そうやね。走れば走るほど減るし、小まめに見る方が良いで」


タイヤ以外は悪い所も見当たらない。

しょっちゅう来るお客さんじゃないからしっかり見ておこう。


「この前の事故は酷かったみたいやね。何か知ってる?」

「学校から『外部に言わないように』って言われてるんです」


どうやら箝口令を布かれている様だ。


タイヤを交換するついでにエアーバルブも交換する。

ここが切れてエアー漏れしたら新品タイヤが台無しになるからついでに換える。

チューブレスタイヤはホイールが錆びないのが良い。

エアーを入れるとポンッと音がしてビードが上がる。ビードとホイールが

密着することによって空気が漏れないからチューブが要らない。

空気が漏れないという事は水の入る隙間も無いからホイールが錆びないのだ。


モンキーやゴリラの合わせホイールは錆びやすいという面で最悪だ。

錆びていなければタイヤ交換・パンク修理は楽だが、錆びると時間が掛かる。


スクーターはチューブレスタイヤが多くなった。パンクに強いのは良い事だ。


タイヤを取り付けた後に、ガスケットを新品にしてマフラーを取り付ける。

毎回新品に換える必要は無いかもしれないが万全を期しておく。


「2万円でも全然壊れへんのですね。理恵のバイクと違って

カゴが付いてて便利やし、お尻の下にも荷物が積めるし」


微笑む綾ちゃん。どうやら気に入って乗っているらしい。ありがたい事だ。


「タイヤが馴染むまで滑り易いしな。1週間くらい気ぃ付けて乗ってや」


代金を受け取りながら注意しなければいけない事を伝える。


「は~い。また何か有ったらお願いしま~す」

白煙と共に綾ちゃんは帰っていった。


◆      ◆      ◆


「実は良く知らん。一回挨拶くらいは行った方が良いかもしれんな」


Tataniの事を社長に聞いたが、はっきりしたことが解らない。

入庫車がナンバー無しなのは登録は自分達でするかららしい。

社長も電話で修理の問い合わせが有ったから引き受けただけ。

特に知り合いでも何でもないとの事だった。


「気になるならツーリングがてら行って来たら? 有給が貯まってるやろ?

今は工場も空いてるし、中村君が休んでも仕事は回せるで」


社長が勧めてくれる事だし有給を取って見に行ってみようか。


「じゃあ、2日間休ませて戴いても大丈夫ですか?」

その場で有給届を書いて提出した。


(よし。高嶋市を見に行こう)




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