第22話 このエンジンはどうする?

「さて、どうした物かな?」


 2台のエンジンを見ながら大島は呟いた。


 1台は葛城の事故車から外した50㏄。もう1台は速人のモンキーから外した正体不明のエンジン。


(とりあえず棚に置いておくか……)


『未整備・実動・事故車』『正体不明・異音・不調』


 タイヤ交換・パンク修理・カゴの取付け……等々、近所の奥様方と喋るのも大事な業務。情報収集や顧客紹介も兼ねている。


「今日は綺麗なお兄さん来ないの?」

「ここに居ますがな(笑)」


 葛城さんを観に来る奥様方もいる。イケメンは集客効果があるのか。


 いつも通りの仕事をこなして時間が過ぎる。


 今日は妙な問い合わせは無かった。もしかすると自称セレブ達がウチの不買運動をしているのかもしれないが、ウチにはセレブが買うような自転車は売っていない。


 そんな事を考えているとエンジン音が聞こえてきた。『高村ボデー』と描かれた軽トラックだ。


「毎度おおきに。高村ボデーです!」


 高村ボデーさんの若い兄ちゃんが下りてきた。元気で気持ちいい。


「毎度!何か有ったかいな?」


「はい。社長からの伝言ですっ。『車輪の会で集まるから来い』との事です。こちらが日時です。」とプリントを差し出した。


「了解しました。伺います」プリントを受け取りながら答えた。


(プリントまで用意するとは珍しいな。)


「……日の20時集合で、『作業着及び作業が出来る服装で来ること』か、了解」


 作業着って事は実技講習でもするのだろうか。


 ♪~♪~


 電話だ。


「はい、大島サイクルです」



「まいど、高村ボデーです。うちの若い者もん行ったか?」


 高村ボデーの社長だ。


「はい。プリント受け取りました。出席します。」


「それでやな。ちょっと聞きたいんやけど、お前の所に外国製のコピーエンジンが有るやろう?」


「有りますけど、使うんですか?」


「違う、今度集まるときに持って来てくれ。皆で見たいんや」


「わかりました。持って行きます」


「ほな、よろしく。」


 電話を切り、外国製のエンジンを棚から降ろす。


 日が暮れ始めた頃に速人がやって来た。顔に痣がある。


「どうしたんや?喧嘩でもしたか?」

「いえ、バイト先で殴られました。」


「100kmの点検やな。見よか。」


 モンキーを店に入れてオイルを抜く。異物は見当たらないな。


「客に『漕がずに乗れるチャリンコを寄こせ~』って言われて自転車売場の担当者を呼ぼうとしたら殴られました」

「そうか、漕がんと乗れたら自転車じゃなくてバイクやな」


 今都の連中は無茶苦茶を言って聞いてもらえないと暴力を振るって来る。そもそもホームセンターでオートバイを買おうなんて思うのが間違いだ。


「自転車に付けるエンジンをどうのこうの言われたんですけど、そんな物置いてないって言ったら頭がおかしいって言われました」


 恐らく老人は終戦直後に流行った自転車に取り付けるエンジン一式の事を思い出して買いに来たのだろう。たまにオークションで見かけるが今も作っているのだろうか?


「終戦直後に流行ったらしいけどな~。平成の世では見当たらんな」


オイルをみるが目立つ鉄粉は無い。これなら大丈夫だ。


「それで、もう怖くなって店長に言って辞めさせてもらったんです」

「そうか。客層が悪かったんやな。俺も今都で商売はしとうないわ、何となく見下されている感じがしてな。無茶苦茶言うし自分の非は認めんし、それで引取り修理を止めたんや。自分で壊れたバイクや自転車を安曇河まで持ってくるのは難儀やしな。今都の人は今都の店にお任せや」


「それで、バイトを辞めたからお金がちょっと……」

「100km点検のオイル交換は無料。次は1000kmで交換してその後は3000km。それさえ守ればめったに壊れる事は無いはず。小遣いの範囲で乗れる」


 オモチャみたいなホンダモンキーだが、エンジンは世界のスーパーカブからの流用だ。見た目はオモチャでも品質は本物のモーターサイクル。キチンとメンテナンスさえすれば滅多な事では壊れない。


「そんな物なんですか?」

「メンテナンスさえすれば壊れない様に出来ている。速人の乗り方なら高校卒業まで壊れへんように作ったつもりやで」


「今まではバイトして修理代を作ってたんですけど、もう必要ないですか?」

「まぁ、バイトも社会勉強やからな。学業に影響がない程度に何かやっておくと面白いんと違うかな」

 

 オイルを入れて量をチェックしながら答える。


「このエンジンはどうするんですか?」


 コピーエンジンを見つけて速人が嫌そうな表情をした。


「同業の寄り合いに持って行くんや、何するんかな?」


 点検を終えてしばらく会話をした後、速人は帰っていった。


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