第21話 オイル交換(葛城・カブ70改)

時速30㎞規制と二段階右折の呪縛から逃れた葛城のスーパーカブ。

通勤と甘味巡りの寄り道で走行距離が伸びるようになった。

あっという間に100㎞走ってしまったのでオイル交換に行く事にした。


大島サイクルに来ると話し声が聞こえる。大島が電話対応をしているようだ。

店に入ると大島が片手を拝むように動かした。


(すんません。ちょっと待ってください)


葛城もジェスチャーで


(OK。大丈夫)と返す。


「はい。はぁ。そうですね。頭のおかしい奴が診たバイクなんか乗れませんな。

はい。買った店へどうぞ」


大島が乱暴に電話を切った。


「はぁ……すいません。お待たせしまして。」


グッタリとした大島が対応する。


「何だか大変そうですね。何かあったんですか?」

「まぁアレですわ。今都には変わった人ばかり居るみたいで」


ドレンボルトを開けてエンジンオイルを抜く。

出てくるオイルは汚れが殆どない様に見える。


「キレイに見えますけど何故換えるんですか?」

「組んでぐはどうしても加工で出た金属粉が混じるんです。今は部品が良くようなったんで殆ど何も出ませんけど、社外ミッションを組んでる4段ミッションの90だけは用心してしっかり見てるんです。」


何回かキックをするとオイルが出てくる。思ったより残っている物だ。


「さっきの電話は何かあったんですか?大島さん疲れたみたいですけど」

「今都まで取りに来いって言われまして。ウチは引取りはやってないんで

断ったら『頭がおかしい』と言われました。恥ずかしい所をお見せしました」


オイルを入れ、量をチェックしながら大島は答える。


「ここって引取りはやってないですね。1人だからですか?」

「いや。前はやっていたんですけどね。いろいろ在りまして止めました。」


プルルルー♪


電話が鳴った。番号を見て大島はため息をついた。手を洗い、電話は無視して給湯場へ向かう。


「まぁココアでもどうぞ」

「出ないんですか?」


「さっきの人ですわ。自称『今都の白金台』に住んでるセレブだそうで。

セレブがウチみたいな小さな店を使わんでも良さそうな物ですけどね」


「私のカブに突っ込んできたのもあの団地の人ですよ。」

「引取りをしないなら今都の人を相手せずに済みますのでね。

特にあの団地の連中は相手すると疲れます」


今都で昔から在るバイク店が休業してから変な客が多くなったとか、

売るだけの店が在るとか高嶋市のバイク事情は色々あるみたいだ。


     ◆     ◆     ◆


とあるホームセンター

速人は老人を相手に困っていた。無線で担当者を呼ぶが全く反応が無い。


「おい。チャリンコをよこせ」

「はい、どちらにしましょう?」


「漕がずに走るチャリンコをよこせ。」

「担当者を呼びますので少々お待ちを…」


自転車売場担当者を呼ぼうとした速人に衝撃が走った


「儂を待たすとは!頭がおかしいんかオドレは~!!」


怒鳴り声と共に鼻へ拳が入った。鼻血を出す速人へ蹴りが入る。


「貴様は我を誰だと心得る!今都に住む神やぞ!お客様は神様だ!つまり俺様は神だ!神に待てとは何て事を言いやがる!この罰当たりめ!このっ!死ねっ!」


数分後、パトカーが現れ老人は連れて行かれた。


翌日、速人は店長に呼ばれた。ホームセンターの本部へ苦情のFAXが入ったらしい。事件直後に店長は本部に報告していたので速人には御咎めは無かったのだが…


「待たされて腹が立って殴ったら警察に連行された事への抗議だそうです。

本部も私も君が悪くないのは解っているので辞めないでほしい。この通りです」


店長は頭を下げたが速人は店を辞めることにした。店長や他のパートさんには悪いと思ったが、それ以上に速人は今都の人間に対応するのが嫌になった。


(今都は怖い街だ。こんな町でバイトなんて無理だ)


今都店ではこのような事件が月に数件ある。速人以外の客に暴力を振るわれた事のある他の店員も店長の説得もむなしく数人が辞めた。


暫くして今都唯一のホームセンターは閉店した。 経営が苦しいのではなく店員の確保が出来ないための閉店だった。こうして今都に自転車の取扱店は無くなった。

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