ダンジョンとかどうでもいいから、早く家に帰りたい

秋来一年

第256走 俺の通学路はダンジョンです

 脚を前に出して荒れた土を力強く踏みしめる。

 全力で両の腕を振り風を切る。

 前へ、前へ。

 一秒でも早く。

 じめじめと薄暗く洞窟のようで、けれども洞窟と呼ぶには、あまりにも広すぎる場所を、俺は全速力で駆け抜ける。

 目の前に現れた丁字路を迷わず右へ。

 次の三叉路は真ん中を。

 そして三叉路から七歩半行ったタイミングで、脚を大きく開き真上に飛ぶ。

 瞬間。俺の股スレスレを、猪のような生き物が、すごい勢いで通過していった。

 その口元には、長く鋭く牙が光り、万が一ぶつかったらどうなってしまうのかを、容易に想像させる。

 けれど、俺はそいつに一瞥もくれることなく、左手に持ったスマートフォンに目をやった。

 画面に映る数字をみて、俺は満足気に頷く。

 よし、いいペースだ。

 横に転がることで避けていた時に比べ、真上に飛んで避けるという方法を編み出してからは、平均して1分ほど、タイムが短くなっている。

 ここまでくれば、あとは直線だけ。

 なるべく速度を落とさないまま、身を屈め、俺に踏まれまいとお行儀よく端に避けていた、ゼリー状の物体を拾う。

 半透明でどろどろとしたそいつは、なぜかついている愛嬌のある瞳で、どこか懇願するようにこちらを見つめている。

 俺はそのつぶらな瞳をなるべく見ないようにし、大きく振りかぶって、投げた。

「グゴォォオーーーッ!」

 と、目の前の岩にしか見えなかったものが、立ち上がり、動き始めた。ゴーレムだ。

 俺の投げたスライムが、丁度目に張り付いており、躍起になって剥がそうとしている。

 そんな目隠し状態のゴーレムに、俺は躊躇いなく足をかける。

 そして、慣れた手つきでひょいひょいと登ると、ゴーレムの背後にあった扉に手をかけた。

 ノブに金の細工が施された重厚な扉は、開かれると同時に眩い光を放ち、そしてーー


「ただいま〜」

 ローファーを脱ぎすて、愛するわが家に帰ってきた俺は、制服のまま自室のベッドに飛び込んだ。

 そして、ふぅ、と息をつく。

 ふかふかとしたベッドが、疲労した俺の身体を優しく包み込む。

 まさに、至福。

 この瞬間のために生きていると言っても、過言ではなかった。

 いや、むしろ俺は、この瞬間のために何度か死んでいるのだったか。

 制服のポケットからスマートフォンを取り出す。

 画面には、16:37と表示されていた。

 その時刻はダンジョンに入る前と全く同じ。

 ダンジョンの中で過ごした時間は、現実の世界では反映されないのである。

 そして俺は、高校から帰る最速ルートが、あのダンジョンを経由する道だと気づき、毎日今日と同じルートを通って帰宅しているのである。

 ダンジョンの中は危険がいっぱいだ。

 いくら攻撃を受けても復活するとはいえ、痛いもんは痛いし、死なんてものは何度も経験したくない。

 それでも、俺はあのダンジョンを通って帰ることをやめなかった。


 全ては、そう、一分一秒でも長く、家でごろごろするために。

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