第五十八話 最終話 ブタっぽい俺のカロリーオーバー

「いやああああああああっっブタさーんっっ!!!」


「いやですわブタ様ああああああっっ!!!」


 丸焼き広場の様子が見渡せる少し離れた城壁から、事の成り行きをうかがっていたナナリーとヒステリアが、ビーフの口の中に放り込まれる俺を見て悲鳴を上げる。


「所詮食物連鎖の頂点に位置するビーフには、何者も敵わないのだ」


 森に住まい森と共に生きる狩人であるオルガだけが、自然界の弱肉強食の掟をよく知っていたために冷静に呟いていた。


 だが、まだ俺はビーフに食われてはいなかった。


 ビーフの口の中に放り込まれた俺は、俺を噛み潰そうとしてくるビーフの上顎を、お皿の上に乗せられて、今か今かと食べられる瞬間を待つゼリーのように、両腕をプルプルと震わせながらも、ギリギリの線で何とか受け止めていたからだ。


「重てえぇぞぉっくそがぁ! たかが牛肉のぉっ食いもんの分際でぇっ図に乗りやがってえぇぇえっ! どっちが食う側かぁっ教えてやらぁぁあっ!」


 俺はガリガリボリボリと蜂蜜飴を豪快に噛み砕きながら叫んだ。


「牛肩ロースッ上肩ロースッハラミィッホルモンッサーロインステーキッをぉっ食うのは俺だぁぁぁぁああ!!!!! ブヒイイイイイイイイインッッッ!!!」


 俺はブタっぽい叫び声をあげながら、噛み砕いた蜂蜜飴を全てのみ込んだ。


 瞬間、俺の体脂肪に蓄えきれなくなったカロリーが、俺の体で、大爆発(カロリ―オーバー)を引き起こした。


 俺がカロリーオーバーを引き起こしたと同時に、ビーフの口元が眩く甘い蜂蜜色の輝きを放った。 


 なぜならカロリーオーバーした俺の体が太陽の様に強烈な蜂蜜色の光を放ったために、俺を口の中に入れているビーフの口元からも、目の眩むようなまばゆいばかりの蜂蜜色の光が漏れ出したからだ。


 そのためナナリーにヒステリア。オルガやガルバンなどを含んだ丸焼き広場周辺にいた人々全てが反射的に目を閉じていた。


 そして、しばらくしてビーフの口元の光が収まりをみせると共に、目を開いた人々の瞳に映ったのは、口の中から何か巨大なものでも出現したかのように、顎が外れてだらしなく下顎を垂らすビーフと、でっぷりと肥え太り、たるみまくった腹をタプンタプンと揺らしながら、エサを探しているブタのように巨大なブタ鼻をブヒブヒと引くつかせるビーフに勝るとも劣らない巨大な体格をした二足歩行の巨大な巨大なブタの巨人の姿だった。


「なんだあれは!?」


 目が眩むほどの眩い蜂蜜色の光が収まると共に、突如としてビーフの正面に現れた見慣れないブタの巨人の姿を目にしたオルガが口を開き驚きの声を上げた。


「お父さんっきっとあれはブタさんだよ!」


 ナナリーが蜂蜜色の光が収まるのと引き換えに突如として現れたブタの巨人の姿を見上げて、目を輝かせながら叫んだ。


「きっとそうですのっあれはブタ様ですわ!」


 ヒステリアもナナリーに同意すると、貴族のご令嬢らしからぬほどに興奮して、鼻息を荒くしながら声を上げる。


「あれがあのブタ……だと!?」


 二人の確信めいた言葉を耳にしながらも、オルガが信じられないものを見るように目を見開きながら、ボーぜんとした感じに呟いた。


「きっと私たちを護るためにブタ様がブタ神様となりっ巨大化してくださったのですわ!」


「そんな馬鹿なことが……ブタが俺たちを護るためにブタ神となり、巨大化したというのか!?」


「きっとそうだよお父さん! ブタさんは見ず知らずのわたしやヒステリア様を命がけでオークから護ってくれる優しいブタさんだもん! だからきっとブタさんはっ今度はわたしたちやこのオールストンのみんなをビーフから護るために大きくなってブタ神さんになったんだよっ!」


 ナナリーは自分が興奮しているのを隠そうともせずに早口にまくしたてた。


 そこにいつの間にか、ナナリーとヒステリアとオルガの傍まで部隊を引き連れて避難して来ていて、三人の会話を聞いていたガルバンがブタの巨人を見上げながらオルガに声をかける。


「おいオルガ。あのブタの巨人は、俺たちの味方なのか?」


「ああ、にわかには信じられない話だが、娘たちの言うことが本当のことだとするならば。あの巨大なブタは、どうやら俺たちの味方らしい」


 オルガも信じられないものを見るような目で、娘であるナナリーたちと共にビーフと対峙するブタの巨人。ブタ神様を見上げていた。


 突如現れた二足歩行の巨大なブタ、否。ブタ神様(俺)は、睨み付けてくるビーフに体を向けると、よだれを滴らせながら食欲の赴くままに動き始めた。


 ビーフに近づいた俺は、思いっきり腕を振りかぶると、気合のブタ声を上げながら、ビーフの顔めがけて振りかぶっていた右手を渾身の力を込めて突きだした。


「牛肩ロースゥウッ! 」


 ドゴンッと俺は右手のツッパリで、ビーフの左頬を張り、


 「上肩ロースゥウッ!」


 渾身の力を込めた左手のツッパリで、ビタンッとビーフの右頬を張る。


「ブッブモォッ!?」


 今まで味わったことのない絶対的強者による予想外の怪力に、両頬をはたかれたビーフが涙目になりながら、くぐもった声で悲鳴を上げるが、俺は構わず追撃の手を緩めずに声を上げながら、ビーフに向かって両手を突き出した。


「中落カルビィイッ!」


 俺は両手による相撲の突き出しを、カルビのあるビーフの両脇腹に向かってドゴーンッと放つ。


 俺の突き出しを受けたビーフは口から苦し気に涎を吐き出しながら、後方に数歩たたらを踏んだ。


 今だ! ここが勝負どころと確信した俺は、牛肉を得るために、声を大にして叫ぶ。


「ホルモーンッ!!」


 声を大にして叫んだ俺は、特大肉団子車になって、全体重を乗せると体を丸めて前のめりに転がった。


 「ブモモモモ―ッッ」


 ビーフは俺の肉団子車を真っ正面からまともに受けると、俺の全体重を乗せた転がる勢いに負けて、ドドドドーンッと地響きを立てながら、背中から丸焼き広場の地面に向かって仰向けで倒れこんだのだった。



「今だよブタさんっ!」


「今ですわブタ様っ!」


 俺は俺を応援するケモ耳娘と貴族の娘の小さな声援を受けて、仰向けで倒れ込んでいるビーフの顔面に向かって、体中の脂肪をバネにしてボンヨヨヨヨーンッと空高く舞い上がりながら必殺の声を上げた。


「サーロイーーーーーーンッッッ!!!!!!」


 俺のもはや体重計では測れないほどに肥大化した巨大な脂肪っ腹が、宇宙から飛来した巨大な隕石の様に、ビーフの顔面に伸し掛かって、ビーフの頭を押し潰したのだった。


「ブッブモオオオォォォォォォォッッッ!!!?」


 こうして断末魔の叫びを上げながら、オールストンの城下町を襲った暴食王ビーフは、蜂蜜飴でカロリーオーバーを果たし、食欲の権化たるブタ神に進化した俺の脂肪っ腹によって退治されたのだった。


 そしてビーフを倒すために巨大化し、ビーフとの戦いでカロリーを消費しきった俺は、いつの間にか元の姿に戻っていた。


 そんな俺に喜びの涙を浮かべながら二人の女の子が飛びついてきた。


 一人はケモ耳娘のナポリタンで、もう一人が領主の娘のテリヤキだ。


 それから俺は、倒したビーフを街の人たちと共に苦労しながら丸焼きにすると、町の住民たちと共に、ビーフの肉を使った高級丸焼き祭りを開いたのだった。


 ちなみにビーフが巨大すぎたために、高級丸焼き祭りは三日三晩続いた。


 そして町の住民たちと共にビーフを完食した俺は、領主の命令を受けて俺を城に連れてくるように命じられたガルバンやオルガ率いる城の兵士や狩人の獣人たちを先頭に、ビーフの丸焼きを腹いっぱい食べた街の住民たちに神輿の様に担がれて、城にドナドナと運ばれていったのだった。

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